自分らしさとともに

日本に改めて居を移してから数年、ようやく日本にいると言うことになれた一方、生活習慣病の様な”ここではないどこか”に戻りたい気持ちがあります。

ある場所に暮らすことで生活は一変します。着るものや食べるもの、生活にまつわるものは変化を余儀なくされていきます。

暑い国がホームグラウンドとして長かった私にとって、自然な素材で作られたシンプルなラインのワンピースにヒールのスタイルは自分が一番リラックスできて心地よくいられるファッションでした。リネンやシルク、上質な8枚はぎのワンピースが日本では考えられない様な値段で買えたり、オーダーできるのですから無理もありません。笑

そんなお洋服を身にまとって、ひらひらと暑い国で暮らすのがずっと続いていくのだろうと思っていましたが、人生って不思議ですね。

日本に戻ってきてまず最初にしたことは、日本的なことに自分自身を浸すと言うことでした。着物に日舞、お茶など色々なことを一度にではありませんがそろそろと。

食べることも長くリハビリにかかりましたが、数年かけてようやくお料理も自分らしくまたできる様になってきました。野生に近い?ところに暮らしていたと言うか、この国は化学製品に溢れていて、残念ながら美味しいとおっしゃって食べていらっしゃるものを食べては身が悲鳴をあげ、お買い得やね、と着ていらっしゃるモノを真似してきては湿疹が出る身としては、本当に試行錯誤が多い数年だったと思います。

そんな中で、一枚お洋服を買うお値段で正絹が身に纏えるシステムが日本にはあるのですよねぇ。いわゆるフリマサイトです。日本に戻ってきて最初に感心したのがこのシステムでした。今の状況にマッチした物々交換システムと感心しました。

着物という消耗品と工芸品の間の様なものには特にこのシステムは有用で、断捨離と称して現金化するんでしょう、と言われればそれまでですが、これからの経済活動としては面白いなぁと思いながら楽しんで使っています。

フリマサイトの件はともかく、日本でバリバリ仕事をして、検察庁や入管や裁判所に行っていた頃はすきなブランドのスーツを数着並べてピンヒールで仕事をするのが自分らしかったですし、海外に暮らしているときはサラッとした天然素材のワンピースと動きやすいサンダルやヒールを好んで身につけることで「自分らしいわたくし」という殻にほっとしたものです。

ヤドカリは自分のサイズで頃合いの殻を変える様ですが、わたくしなどは生き方や住む場所でその「殻」を買えていった様な感じがします。

それがずっと見つからないと言う時期が日本に帰ってきた時期と重なったときは本当に、生きることもくらすことも、何を着るかと言うことも全部はっきりしないと言うか、暗中模索だった様に思います。

そのときは、年齢のせいかしら、日本に馴染んでないからかしらと思っておりました。最近、自分の着物を着て暮らしたいという気持ちの強さはなんだろうと考えていましたが、キュッと帯を結び終えたとき、「あぁ、これが自分らしい殻なのだ」と思いました。

今は着物を身に纏うことがなによりわたくしという存在を表すのに適しているのだなぁと思わせられるのは、紐でぐるぐる縛っているはずの自分の体が自由で楽だと感じるからなのです。

着るものが好きな方ならおそらく感じたことがあるであろう、着るものによって自己が開放される感じを着物を着ることによって感じているのですね。

着るものぐらいで、とお思いになるかも知れませんが、身に纏うものって自分らしさの表象ですし、それを見て周りはどんな人かと見られます。顔や髪型と同じ様に、身につけるものは「見せたい自分、ありべき自分、なりたい自分」という自分らしさの表出なのです。

面白いことに、モノトーンがほとんどだった洋服から、着物だと色々なカラーを着ている自分もまた楽しいと思えるのも今まで気づかなかった自分らしさの表出だと感じています。

暖かくなってまいりました、少しおしゃれをして街を歩いてみませんか。新しい自分らしさを発見することができるかも知れません。

新しいしつらえ

しつらえ、という単語は漢字では設えと書きます。基本は動詞のしつらえる、という語ですね。こちらの意味はこんなふうに出ていました。

しつら・える〔しつらへる〕【設える】 の解説

[動ア下一][文]しつら・ふ[ハ下二]《「しつらう」(四段)の下一段化》

  1.  こしらえ設ける。備えつける。「庭に物置を―・える」「部屋に飾り棚を―・える」
  2.  部屋などを整え、飾りつける。「洋風に―・えた客間」

しつらえるという言葉はとても日本的で美しいなぁと思うのですが、いかがでしょう。

わたくしという存在には長く、彼の国のことやそれにまつわる言葉や文化ばかりをしつらえて、それが自分らしいと思い、それが自分の好みなのだと思っているきらいがありました。

でもそうではないのではないかしら、もっとわたくしの今の身丈にあったものと思い始めて数年、赴くままに学んでいたことや一人でコツコツと続けてきたことがございました。

学ぶということは、止むに止まれずやることで、それ自体を使ってお金を頂戴しようだとか、人を幸せにしようということはありません。ただただ、勉強をするということは社会の役に立っていない気がしていて、心苦しくて仕方ありません。大学生の時は、自分は研究という歯車の一つなのだという気概を持って、自分は長い研究の歴史の一端に入るような気持ちでいましたが、実学というのはわたくしにとってそういうふうに決して思えないものでした。

若い頃、司法試験を受けている準備中の友人が、試験勉強を「これは僕の仕事」と言っておりました。弁護士になったら仕事でも、受かるまでは仕事とはならないのでは? と、どうも納得できず胸に引っかかっていたのとも同じところから来るかもしれません。

仕事というのは(誰かに)仕える事、と書きます。人のためになるというのは一体どういうことなのか、誰かの役に立つということはなんなのだろうということを今ずっと考えています。それに金銭が絡むとことはより一層難しくなり、今のわたくしにとってはそばにいる最愛の人が快適に心地よく幸せで穏やかにいてもらえるよう最善を尽くすこと以外に、人のためになったり誰かの役に立つという言葉を実践したり理解したりすることができないでいます。

まぁ、これもまたわたくしの10年ほどのらりくらりと考え続けるテーマの一つになるのではないかしらとぼんやり思っておりますが、とにかく、エスニックテイストなしつらえの部屋から一歩出て、空っぽの何もない部屋にポツンと座ったのがもう何年前になるでしょうか。

どこに座って良いか、何をおいて良いかわからないほどの空間に、ぽつりといたわたくしですが、一人遊びも上手なのでわからないなりに機嫌良く穏やかにいたと思います。

これは好き、これは合う、これは大事。
そんなことを大切にしながら、あれこれとやってみました。とはいえ、丁寧に毎日を暮らすことが基本、食べることが基本。体が資本。それが万事ですのであゆみとしては決して早いものではなかったように思います。

何人かの先生に教えていただいたり、自分で学んだりしながら、ようやくこの先生はという方に巡り会えたのも、オンラインの授業のおかげかもしれません。自分もたくさんオンラインのクラスをしてきましたが、これぐらい需要があるようになるとまた見える世界やレベルも随分変わるのねということを体感しました。わたくしは何かと手を出すのが色々早いもので、世間でそれが流行り出す頃にはもうやめていることが多いのが残念です。今回は自分が習う側となることで世界が変わったことを感じられました。もちろん、玉石混交、石が多めなのは否めませんが。

今回の学びも実は、プロになるだとか仕事にしようという気は一切なく、この先生ならロジカルに教えてくださるだろうという目論見だけでした。このかたが本当に先生だなぁと思ったのは、要所要所で今のわたくしに必要なことをさらりお話しくださることでした。

あなたはこもっているような人じゃないから、どんな形でも人の役に立てるわよ。今学んでいることは人の背中を押して誰かの役に立つのよ。と何度も講義の中でお話ししていただかなければ、お勉強たのしいねぇという満足で終わっていたと思います。

正直今でもこの勉強をつづけて、それを通じてどなたかの役に立つのかどうかは分かりませんし、誰かの手助けになるかどうかは分かりませんが、わたくしの何もなかった空っぽの部屋にひとつ気に入りの良いしつらえが入った事は明らかです。

その道を少し歩いてみようかと思った途端、そばにあった(軽く勉強続けていたことが)小道具が、あれとこれを一緒に合わせるとそれは素敵な感じじゃありませんか、ということになり、そこから話がトントンと進みそうな感じです。

江戸時代、今私がやろうとしているお仕事は大工さんの日当分ぐらいで受けるお仕事だったとお伺いしました。わたくしの先生もそれをお師匠から踏襲されていて、お師匠が見ても、ひよっこのわたくしでも明朗会計、同じお値段というその辺りも真っ当でよくわかるなぁと思っています。

誰かのためにではなく、自分のためにを突き詰めていくというのは、破綻が少ないのです。それは、大河ドラマ「麒麟がくる」をご覧になっている方は足利義昭が僧侶から将軍になり、貧しい人を助けようと思ったところが思い通りにいかず、それを信長の脅威のせいだとして、進軍したりしてしまいますよね。大乗仏教的な「皆を救う」というのは結局自分の大義名分、目的と化してしまい、結局救いたいという行動や結果ががおざなりになってしまうのです。それは具体的な「誰か」が見えない為でもあると思います。

上座部仏教は、自らの行動を通してそれを社会や世界に波及させようとしますから、誰かを救うというのは結果論であり、自らが何をすべきかということをいつも問われるところが大きく違います。

わたくしは、自分の新たなしつらえを良いものにしていくことで結果的にまだ見ぬどなたかを幸せにしたり、役に立てるのかは分かりませんが、ただこの道を歩んでいけば、何かが見つかるかもしれない、そんな気でおります。

学びの素地とは常に居住まいを正し、神仏に祈り感謝し、言葉も体も美しく、穏やかに凛と中道の心を持って己と世間に相対し続けることでできていくはずです。

その上にすっくとたち、学びを自分のものとし、より快適なしつらえの空間に自分の身を置いてやろうと思います。

今年は年末らしからぬ日常を送っておりますが、大掃除だけはぼちぼちと。
皆様はいかがお過ごしでいらっしゃいますでしょうか。どうか良い年末年始をお過ごしくださいませ。

この世の儚さ

皆様いかがお過ごしでしょうか。年も押し迫ってまいりましたが、今年は本当に不思議な時間を過ごしたという印象です。皆様はいかがお考えでしょう。

今日は、大好きな弁天さまのお写真をお借りしてあげました。弁天さまにはご縁が深く、今度京都に行った折には、祠の修復をお手伝いした湖のそばにある弁天さまにお参りしようと今から楽しみにしていたりします。

世界や社会や周りの人々の普段の生活では窺い知ることのできない一面を垣間見るような年だったように思います。思うにそれでも私が何十年も前に暮らした異国の村は同じように時間が流れ、毎日同じような暮らしをし、毎日同じような会話をし、同じようなものを食べ、恋をしたり喧嘩をしたり、同じような噂話をしながら酒を飲み、そして誰かが死に、誰かが生まれていっているのだと思います。

単調な暮らしの中に安寧を見出せるということは、単調、という言葉が示すように短い調べ、同じようなルーティンという周波数が短く淡々と繰り返されていることが生活であり、人生であるからこそ、そのことに安心を持っていられるのではないかと彼らの暮らしを見ながら考えていました。日本人の暮らしも同じような単調さを内包しているように感じますが、少し彼らの社会よりも複雑です。単調さの中にただその身を置いておけばそのような不安も起こらないのでしょうが、この情報社会となった世の中では難しいこと。誰もが単調の中に違う周波数のメロディを感じる中で判断が求められているのですが、情報過多、扇動的な表現やbroadcastingにまみれ殺伐とした雰囲気を敏感に感じ取り、不安感を増長させ、自らを失っているのではないかしらと思います。自己判断、決断が本当に難しい時代だと思います。

世界中がそのような漠然とした不安感の中にあるにもかかわらず、数年に一度の国家的お家芸をさらに加速発展させて、俺らの税金を返せ!とシュプレヒコールを若者たちが中心になって声をあげている姿を見ると、この単調な旋律は何があっても世代をこえて変わらずつまびき続けられるのだ、とニヤリとしてしまったりするほどです。

仏様や神様は天界からこんな時代をどのようにご覧になるのだろう、神様も仏様もさぞお疲れなのではないですか、ご自愛くださいませと手を合わせることが多くなりました。

私にとってこの時期はむしろ心穏やかに、静謐な時間だったと総じて言えるのではないかと思います。毎日のくらしをひそやかに、子供時代に帰ったようにピアノを弾き、学び、考えておりました。

儚さを尊ぶという気持ちでしょうか。
すべてが借りもので、今ただこの瞬間手にあるだけのことなのだとしたら、それを十分慈しむこと、愛おしいと思うこと以外に何ができるだろうかということです。それ以外の気持ちを持つようなものはできるだけ遠ざけて過ごしてこられたと思っています。

ただ、人間というのはやはり恐ろしいと思うこともございました。丁寧にすることで軽んじられること、純粋な思いが返って疑いを持たせてしまうこと。こんな時代や世界になぜ生を受けてしまっているのだろうと思いますが、いつだって本質は同じ問題ですから、わたくしにも非があるのでしょう。やらなければよかったと後悔しきりですが、お節介なのでしょうね。

絶対とか必ず、なんていう言葉を軽々しくお使いになる人とは長続きしないなぁとも思います。今まで以上に刹那に生きるということを実感します。一瞬後が是なのか非なのか。刹那の変化を受け入れていく時代といって良いのかもしれません。

20代から30代はずっと刹那の感覚の中で生きていました。今一瞬と次の一瞬は全く別の世界である、全ては諸行無常であり、愛も信頼も全て刹那レベルでしか続かない物だと強く思っておりました。その刹那の連続がいつどこで途切れるのか、それは誰にもわからない。それこそが今生を生きることだという認識でした。

その感覚を少し横に置いて、永続する何かに目をやる数年でしたが、やはり今年を生き抜いていけたのは、その刹那の信頼、確信を淡々と重ねていくことだけでした。厳しい時代、厳しい感覚といえばそうかもしれませんが、逆に過度な期待をせず今この瞬間を誠実に実直に生きるということに尽きます。その先にあるのが結果的に未来と呼ぶ物でしょうが、そこにたどり着くこともそのあり方も刹那の結果でしかないと改めて感じ入ることで恐れることは無くなりました。

その中で心に残るようなやりとりや思いやりを持って生きていければ、それが一番ありがたいと思っています。

面白くないという気持ちも、悲しい気持ちもできるだけ小さくして、心穏やかに全てを包み込んで大丈夫という気持ちで全てのものに接していくことができれば、それで上々。

上々のわたくしでいられるように、好きな着物に袖を通し、自分の美味しいと思う料理をし、花をいけ、居所を整えて良い言葉をかけていければいいなぁとそればかりです。

今日はたわいのないことばかり書き連ねました。

また次回ゆっくりとお話しできるようにと思います。

HTTPSに対応いたしました

あと数日で夏の土用も終わりを告げ、そろそろと本格的な夏がやってきそうです。

皆様いかがお過ごしでしょう。

最近はRoamReseachというツールを使って勉強や考え事や仕事をまとめています。こういうシステムが学生時代にあったらどれほど学問が楽しかったろうと思いますが、この歳になっても学びたいことばかりですのでまずは使い方を学びながら少しずつ使っています。

本日はお願いがあってブログを書いています。
遅ればせながら、なのですがこちらのホームページ、 Vita Illuminate をようやくHPPTS対応にいたしました。難しいのかもと放っておいたのですが、ツークリックするだけで対応させることができました。

ブックマークをしていただいている皆様には大変ご面倒ですがブックマーをhttps://www.hongsarot.info にしていただけますと「このサイトは危険だよ」なんていう物騒な警告文をご覧いただくことなくこちらのサイトにアクセスしていただけます。

まだブックマークをしていただいていない皆様におかれましても、これを機会にブックマークをしていただける様でしたら、大変喜ばしく存じます。

大きな環境の変化の中で、心穏やかに精神の自由を追い求めながら日々の在り方や生き方を見つめることでより豊かな人生を送っていくための一助となればと願っております。
たくさんの情報が行き交うウェブ世界で、盛夏の打ち水の様に清涼さが届く文章を書くことが願いです。

暑い日が続きますがどうぞご自愛くださいませ。

お役目をいただきました

日々起こる出来事に、価値や意味をつけるのはその出来事を体感した人の役目だなぁと思うのです。

意味や価値は人をがんじがらめにすることも、強くすることもあります。
どういう風にその出来事を自分の中に落とし込むかは自分次第なのですが、その時の心身の状態だとか社会的な状況とかいろいろなことが加味されるものかなぁ、と思っています。だからその時の最善でつけるべき意味をつけていけばいいのかもしれません。

おみくじという対話

おみくじを引くのがすごく好きだった時期と嫌いな時期があって、今はここぞというときに質問をしながら引くことにしています。

実はこの数年間、私は浪人の様な気分でした。自分の行動を示してくれる主人がいない、自分のすべきことはこれでいいのだろうか、と思い続けてました。この方と思う主君を探してというと大袈裟なのですが、今までの仕事と距離を置きつつ、違う世界に行くにも、どの道を辿っていくのが正解なのか、どこへいくのが正しいのか。私は一体どこへ向かっているのか。
あの国としか関わってこなかったのですから本当に途方に暮れながら、そのお役目が何かを教えてくださいとお伺いする日々がずっと続いていました。

そういう観点で引く私のおみくじは、神様から「言葉」が降りてくる楽しい機会なので、引こうというときには何を言われるか、わくわくなわけです。
なので、吉であろうが凶であろうがあまり頓着なく、一番最初に書いてある歌やその解説をしみじみと読み込みます。

ここ数年のおみくじ

本当に笑っちゃうぐらい、どこの神社でひこうとも同じ内容なのです。
時が来るまで待っていなさい。頭を低く、焦らず常に謙虚に感謝していなさい。
その時々で多少の表現の違いはあれど、この様な大意が書かれています。こういったメッセージが神様から寄せられると、あぁ、多分この道で間違っていないということなのね、と少し安心して、また心身の居住まいを正す気持ち。変わりなく自分がそういられるようにと改めて気を引き締めていました。もちろん今でも。

それが今回は少し違いました。
お寺や神社によく行かれる方は、自分にとって縁の深い、相性の良い場所がいくつかおありだと思いますが、私にもいくつかありまして。
いつもその神社にお伺いすると晴れやかな空で、三姉妹が大歓迎して迎えてくださる大好きな神社がありまして。その日もいつものように心地よくご挨拶に向かって、一番自分とご縁の深いお社の前でおみくじを引いて神様のお声を聞きました。

最初のメッセージにまずグッときました。本当に誰にも話さないでいたことを言い当てられました。今回は違う。
そして、なかを開くとこのようなメッセージがありました。

人々に精神的援助を与える人こそ、人類の最大の恩人である。

精神的援助、端的に言うと心を支えるとまずは理解しました。
私が彼の国の言葉をたくさん学んだことを通じて、その言葉で取り調べの通訳などしたことも、もちろん仕事でしたが、精神的に楽になって欲しいといつも思いながらやっていました。

仕事としては、調べる側の人間として接していましたが、調べられている人から、「あなたに通訳してもらってよかった、また会いたい」と言ってもらえることが多かったのは、不思議でした。
もしかするとそれは、できるだけニュートラルに接することを心がけていたこと、犯罪者と思って接していなかったこと、国益と彼らの人生を想って日本人の私がすべきことをするというスタンスが彼女たちの心を開いていたのかもしれません。

つらい、行きたくない、もう嫌だと言いながら警察や検察、裁判所に向かう精神的に苦しい仕事ではありましたが、自然に分け隔てなく振る舞える自分には向いていたのでしょう。取り調べが終わると、ひとりの人生を背負い込んだ気持ちになりましたが、それを丁寧に心の奥に片付けると、達成感と清々しい気持ちになったものです。

そんな仕事をなぜ辞めたのか。理由はいくつもありますが、ひとつは「会いたいと思った時に会えない人と接する」ということに限界を感じたことにありました。基本的にもう二度とお目にかからない人とばかり、緊張状態で出会ってもできることは限られていたからです。

なんだか、急に昔話がはじまってしまいましたね。元に戻りましょう。

とにかく、晴天の爽やかな初夏の青空の下、私の大好きなお社にいる神様から、
人の心に寄り添うようなことをして行きなさい、と言われているような気がしました。

もう何年も同じメッセージばかりもらっていたのに、とうとう新しいメッセージを頂戴して、浮き足立っている様な、何を始めたら良いのだろうかという気分でいます。

人の心のサポートをするというのは、私が十代で仏道を志した時、その道を諦めた理由でもあります。経験値が足りなくて、私には人の心を理解するには限りがあるだろうと。仏様や神様とのやりとりは一対一なので、マンツーマンでわかるまで何度でも、何年も対峙させてもらえます。

しかし、人間世界はそうは行きません。想像には限界があり、自分の経験の翼を伸ばした先から想像力を働かせてその人の思いを聞くことが今でも大切だと思っています。

いくら腑に落ちるお達しを頂戴したからといって、すぐにそれが何をどうすべきかにはつながらないのがなんとも面映い。誰かの話を聞いてあげることが良いのか、何が良いのかは正直まだわかりません。

若い頃は、恋愛大明神という渾名があって、笑(女子高生っぽいでしょう)私に悩み事をつらつらと話していると、いつの間にか自分がどうしたいのかがわかってしまうと言われていました。

そんな無邪気な思い出も後押ししてくれて、今までになく何かが変わる様な予感に満ちています。具体的な方策も、全て「神様の言うとおり」こうなさいと言うのが落ちてくるのを姿勢を正し、居住まいを整えていつもと変わりなく丁寧に感謝に満ちた暮らしをすることで待っていれば良いのかしらと思っています。

神様に預けることでよくわかったことは、無理は続かない、と言うことです。この場合の無理とは、自分の心や生活などの流れに逆らっていたりすると何かしらの軋轢がくるものです。それでもえいやと乗り越えていくのが良いのか、できる限り神様のフローに乗っていこうと思うかはその人の人生のあり様なのかしらと思います。

そう言うことで嬉しくて仕方がなく、ほぼ一年ぶりにブログがようやくアップできるまで書き上げられた(下書きはたくさん残っておりますの)こともありがたいことなのですが、おみくじを頂戴してから、書いてみようと言う気持ちがキーボードにまで届く様になり始めています。

長い間、ツイッターでのリハビリをしていましたが、noteでもひっそりともう少し軽く書いています。まだまだ十分に手を入れているとは言い難い状態ですが、さらりと日々の徒然を書いております。ご訪問いただけますと、大変嬉しいです。Meawのnote

鉄扇はクレマチス、とも言いますが、浴衣の柄などにも使われて、とてもエレガントな大好きなお花の一つです。
花言葉は『甘い束縛』『縛りつける』『高潔』とあるそうですが、前の二つはその蔓がしっかりしているところから、高潔という花言葉は花から得られる高貴な印象から来るのだろうと思います。

祈りや願いというのはいつだって、高潔であろうとするものなのだと思います。
それが欲に塗れたものであったとしても、自分の力ではない何かに預けることでそれが叶うことを望むという行為に自分の意図を超越した存在を意識している点が潔いのです。(もちろんそうではないうがった見方も可能ですが、今回は横に置いておいて)

心の平安というのは、その様な時に訪れるのではないかしら、と最近改めて思います。
このブログを訪れて目に触れる方やその周りの方々、世界中、宇宙が全て平和で調和に満ちて穏やかだったら良いのにと思います。心安らかに毎日を過ごせることで得られる想像力や活力を自分の人生に活かせたらどんなに楽しく幸せだろうと。

その一助となるために自分の力を使っていただけるのであればこんなに嬉しいことはないと思っています。そのために何をするべきなのか、目を見開いて耳をそば立てて、体を鍛えながら、学び続け、備えていこうと思います。

どうぞ不安なく穏やかに健やかにお過ごしでいらっしゃいます様に。
お護りとお祈りが届きますように。

織姫彦星たちの逢引よりも早くお目にかかれると良いなと思います。

紫陽花が終わる頃に

紫陽花の季節になると、学生時代の園芸の時間に紫陽花の学名がお滝さんという恋人の名前に由来することを四国の伸びやかな方言で話すゴロー先生の声と、美しく装丁された萩原朔太郎の「こころ」という歌を思い出す。

こころ            

                 萩原朔太郎

 こころをばなににたとへん

 こころはあぢさゐの花

 ももいろに咲く日はあれど

 うすむらさきの思ひ出ばかりはせんなくて。

 こころはまた夕闇の園生(そのお)のふきあげ

 音なき音のあゆむひびきに

 こころはひとつによりて悲しめども

 かなしめどもあるかひなしや

 ああこのこころをばなににたとへん。

 こころは二人の旅びと

されど道づれのたえて物言ふことなければ

 わがこころはいつもかくさびしきなり。

               ――『純情小曲集』より

高校生ぐらいの一時期、耽美的な文章が好きで、ふあふあと寂しいだとか切ないを弄んでいたのはまだ子供だったのだから、というエクスキューズが許されるのかどうか。

美しさもかけらもないように感じられる世知辛い現実を乗り越えるためには、自分の世界に浸ることもあの頃の私には必要だったのかもしれない。

対人恐怖症みたいな感じになってから、自分が世界や世の中の役に立てると全く感じられない日が続いていて。

誰かの役に立てる、と思うと本もかけるしブログでも色々言いたいことが湧き出てくるのだけれど、いかんせん、何も役に立たない、とおもうと発信の手は本当に止まってしまう。何度やり始めても止まる。

体を動かし、目の前で結果の出ることだけが実際として「自分が役に立てる」という事実であり手応えなので、そういうことは好きだし、一生懸命できる。のに、あの膨大なブログを書いたり、文章を書いていた頃がもう信じられないぐらい私は自分が役立たずということに溺れているような気がする。

家の掃除や整理整頓と思考の整理というのは似ていて、自分だけのためだと散らかり放題、適当なものを食べ、ダラリとしてしまう。

そういえば、自律神経をやられて、食事もほぼ喉を通らず全く誰とも会えないし話せない頃に意を決して始めたことは、「まず自分のために料理を作る」ということだった。

自分のために作る。自分のために食べる。
自分のために片付ける。

Twitter民やnote民の人には多分?知名度のある田中さんの本。

彼の本を読んで(まだ読了していないのだけれど)、あぁ、自分の思考や思いを丁寧に整頓してあげるだけでもいいのかもしれない、と少し感じている。

先生のブログがわからないと言われて随分表現に迷ったことも、何もかもまぁそれで良かったのかもしれない。あの頃の自分は確かに読みたいことを書き続け、いい意味で自分がいちばんの読者だったと思う。

それがどんどん書くのが苦しくなり、オンでもオフでもどんどん語らない人になっていって、それはすなわち考えないわけでもないので、どんどんとひたすらにゴミ屋敷のように思考の塊が精神の何処かや魂の端っこにこびりついて、感受性や興味関心や探究心を十分に動かすだけのスペースが無くなっていたのではないかしら、と思う。

出せないことで、入れる量が制限される。人間の体でも、脳みそでも、魂でも、文章でも同じことなんじゃないか、とも思いだした。
「昇華される」大切さは思考を重ねていると痛感する。

昇華されないから、堂々巡りに何年も考える。結論をもって次に行けない。それは考え抜いたものを一つのまとまりとして自分に提示できていないから。

私も自分が読みたいものを書いてあげよう。
きっちりと時間をとって、丁寧に自分の思考と向き合って、「昇華される」喜びを自分の中に取り戻してあげられたら、また何かが変わるのかもしれない。

梅雨の晴れ間のような気分で今この文章を書いているけれど、そのまま梅雨が明けた夏空のように自分に向かい合って今抱えている色々な考えにひとつづつラベリングをしたり、マイルストーンを作ってあげたりしてあげられたらいいなと思う。

田中さんの本の結論が全く違うものであったとしても、読書半ばでこういう風に思えたことがたまらなく清々しい。良いタイミングで良い本に出会えて素直に読めたことが良かった。いつもなら手に取らないんだろうけれど、このタイトルは「お前が読まなあかんやろー!」と見るたびに言われている気分だった。

そのタイミングでフリーライターの雨宮さんの記事もよむ。「だって、わたしは“できない子”だから」。異国の地で心が折れていた頃の私へ 言葉の壁で萎縮するっていうのは私も経験あるので本当に胸にしみる。

必要以上に萎縮しないでいる、伸びやかにいるというのは安定した精神での真っ当な自己肯定によってなし得るのだなぁと思ったりする。そのためには社会参加も必要だし、親しい人との交流も必要。一人で考えぬくのだけれど、一人でいると到達しにくい境地でもある。

私は最終的に自分が言葉を紡ぐことすら自分から取り上げてしまったのだから、随分と深くやらかしてしまったんだなぁとおもう。

自分を取り巻く環境を客観的に眺めてみると、大変な割には頑張ったんじゃないの、と言ってあげたいところだけれど、結構追い詰めてたのかもしれないね。

だから、これからどうなるのだろう、ということをもう敢えて今回は書かないでもいいんじゃない、なんていう気持ちになっている。書いてもその通りになるかどうかすらわからないもの。

でも、明らかに違うことは「書きたい」という気持ちが先んじていることを感じている。これが何より違う。それをいつか自分が「読みたい」だろうと思って書いておこう。

耽美的に「書けない自分」を見つめていた自分はもう卒業となるのか。自分が一番楽しみだったりしている。

#読みたいことを書けばいい #田中泰延 #萩原朔太郎 #耽美的 #こころ #紫陽花 #雨宮紫苑 #ハフィントンポスト

当たり前。

芍薬を買ってきて、最近の海外旅で唯一の戦利品?だったヨーグルトドリンクのボトルに入れたとたんに、ふわぁ、とため息が花から溢れてくるのが聞こえるほど一気に開き始めた。

いつも飲んでいるお水を入れているおかげなのか、海外で飲んだヨーグルトドリンクの空瓶のおかげなのか。今日もひと束買い求めて、どんどん開く姿をワクワクと見守っている。

「君といるようになって、花に目が向くようになったよ」と言われるのは嬉しいことで、自然の息吹を大事な人と呼吸しながら感じられるっていうのはなんて幸せなことだろうと感謝する。

みんなそれぞれ自分の「当たり前」を持っている。花に話しかける毎日が当たり前の私、咲いても枯れても関係ない毎日が当たり前の人もいる。

学生時代、東京で過ごし始めて間もないこの季節だったと思う。高校の同級生数人、私とW君やM君、他にも誰かいたっけな。ごめん。失念。故郷から離れている友達で集まったことがあった。標準語で話しはじめて、途中で大阪弁にいつの間にか切り替わった状態で話すわたしに「Miaの標準語はウルトラマンのカラータイマーと一緒やなぁ、3分ぐらいで大阪弁に戻る。」と笑っていたのを思い出す。不本意だったけれどその通り。今でも標準語をきちんと話せるには至っていない。

ということで、今では丁寧でエレガントなさらりとした大阪の言葉が私らしくていいんじゃないの、ということになっている。船場商人の娘なのだから、美しい大阪の言葉への愛着もある。ふんわりゆったりと大阪の言葉を話す。なんかええやん、ということ。

関西じゃないところで、そんな風に話していると「京都の方ですか?」と大体聞かれる。「大阪なんですよ」というと、こちらがびっくりするほど驚かれる。よく聞いてみると、「大阪の人が話しているイメージの言葉よりも品がよくゆったりと綺麗に聞こえる」のだそう。

端的にいうと、日本中にテレビを通じて大阪が下品の総本山と言わんばかりに喧伝し、それに大阪の人たちの多くが乗っかってしまった結果、大阪の言葉すなわち、テレビで聞くようなお下劣な言葉、となってしまったのでしょう。残念なこと、本当に。

かの国で暮らしていればいたで、「この国に住んでいるようには見えない」とか、かの国の田舎で暮らしが好きなんて想像できない。都会の涼しいところでスタイリッシュに暮らしているんだろうどうせ、とか言われてしまう。

かの国の言葉の講義をしているときは、生徒さんのかの国での趣味趣向と私のそれがあまりにもかけ離れていて、「先生の教えてくださることは高尚すぎて合わない」と生徒さんたちに口ぐちに言われた。それに深いショックを受けつつ、関心がないことを教えては申し訳ないと、全く聞いたことすらなかった演歌やポップスだの外国人なら楽しまずにはいられないナイトライフだのを一生懸命リサーチして取り入れたものだ。

人というのは皆それぞれの「当たり前」を持っていて、「こうであるのが多分自然なのだろう」ということがどれほど他人のそれと重なっているかどうかということは意外と無関心なのではないかと思う。おそらく、「みんなこうだろう」という想定に安心して毎日を過ごしている。だから、その想定自体が違っていると気がついて「はっ」とするのではないかと思う。

そういう「当たり前」が日々のご飯とつながっているときは私も自分にとっては決して「当たり前でない」ものを見聞きして、お金もずいぶんつぎ込んだけれど、何一つ身にならず、結局楽しいとも思えないままだった。

もちろん、楽しいことを発見することだってある。
全く知らないスポーツや業界は私にとっては好奇心の対象だからどんどんと調べて学ぶのが好きだから、そこからどんどんと自分の「当たり前」が覆されていくのもまたそれは楽しい経験である。そういう柔軟さはいつまでも持っていられたら良いなと思うこと。

写真はお借りしました。

結局、みんなが同じに見える世界でポツンと自分だけが違っているような感覚や認識を持った時に自分をどれだけ違うあり方の自分を「それでいいよね」と肯定してあげられるのは自分だけな気がするのです。
誰かがのぞいている窓と、自分が開いた扉が決して同じとは限らないのだから。

みんなが不幸で不満たらたらだからって、自分も一緒に不満たらたら、不幸せですって言わなくてもいいのですよ。周りはどうあれ、幸せでいいし、穏やかでいいし、感謝していられたらいいんです。それを周りに周知することも、強要することもいらない。ただ自分がそうあればいい。

私は私なりにかの国への思いを持っているし、古き良き大阪の文化やしきたりには深い愛着を覚えている。他人がどうであれ、それでいい。

誰かと「そうだね」と言い合える幸せは、実はあんまりいろいろなところに転がっていなくていいのではないかと思うのです。
「私はそうは思わない」とか「私はそれを好まない」に満ちている世界の中で、「そうだね」と言い合える感性と出会える時こそプレシャスな瞬間はないからです。そういう魂の喜びは、なにものにも代え難く、そう簡単に得難いものです。

たくさんのがっかりを重ね、ほんの小さな「そうだね」に幸せを見出しながら、いつか魂が響き合うような相手と「当たり前」な何かを共有できる日が来ることを選べるかどうか。

いくつかのことに「そうだね」と言い合える幸せな経験をさせてもらって、魂が充足する喜びを学んだ私ですが、残念ながらかの国に対する感性で「そうだね」と言い合える相手とは出会えていません。

それでも、自分のかの国に対する見方や思いは紆余曲折を経てもやはり本質は変わらないのです。それは自分の実体験と実感に基づいているからで、それがある限り、誰かと共有できる日が来なくても、私はかの国に対する自分らしい思い入れを失うことはないのかなと最近は思っています。

#そうだね #当たり前 #船場言葉 

積極的受容


ジョバンニ・シュトラッツア のベールを被ったマリア。 カナダの聖ジョン・バプテイスト教会にあるそうです。いつか見に行きたいな。

気がついたらひと月半も書いてませんでした。

今までの私は、「これはあなたのもの」と言われても「あげる」と言われても、「いらない」と言うことが多い子でした。

小学生の時、誰かのお母さんだっけな、いつもみんなが買って食べているアイスクリームをいただいたんです。
すごく悪いことをした気分になって、もちろん多分家でお小言ももらって。

「もう、こんな胃がムカムカするような気持ちにはなりたくない」
と、幼心に強く思ったものです。

あげるのは得意、もらうのは苦手。
でもそういうのって大抵「おせっかい」と言われたり「重い」って言われることも多く・・・。笑

そういうことがずっと重なると、結局、「距離感上等」みたいな感じで。

「よらば切るぞ!」みたいになっちゃうんですよ。
猫がシャーって塀の上からしてるみたいな。

でも、結局バランスで。

惜しみなくを存分にしたい分だけさせてもらえるような環境が整い。
それを取り上げられる(自主的に出て行く)みたいな不安も随分と緩和されるとですね。

今までは、何かあげるーって持ってこられても、
「今仕事忙しいからそこ置いておいてください」みたいな、ぞんざいじゃないんだけれど、きちんと向き合えない感じ。

でも、なんだか片側が満たされることで、自分にももっと流れが欲しくなる。

流しそうめんじゃないけれど、水は流れていくから、ちゃんと麺も流してみたいな(ちょっと違う)。
自分が満たされてないと、惜しみなくってできない。

自分が干上がっていては惜しみなくなんてできないんだよね。

誰かに注いでパサパサな人は、また別のしっとりな人に惜しみになく注いでもらってっていう循環。

関西の人たちは、目上の人の介護を「順送り」と呼んでいたのが印象的でした。
そうやって社会のシステムが流れていくんだっていうことを病院で祖父母の介護しながらいつも耳にしていましたね。

今までは自分がパサパサにならない程度に受け取っていたけれど、これからはそうでなくてもいいのかもしれない。

自分がしっとりになればなるほど、他の人に注いであげられるし、きっと注げる場が出てくるんだねっていう気づきというかタイミング。

受け入れるのも注ぐのも、バルブいっぱい開けていい時期に来ている様子です。
全てに感謝と愛を今以上に込めながら動いて行けるタイミング。
私らしくて嬉しいね。

Revise

revise という単語は 再度見るというラテン語が語源のようだ。

白州正子さんのエッセイはTwitterぐらいの長さの文章が断片的に続くのが印象的。
直感の人という印象があるから、グダグダと考えないのだろう。
長いものを書くほど思考やテーマを長く抱きしめるタイプではないのかもしれない。
その辺り、ご主人の白洲次郎さんとは全く違う。
世界のあり方、その中での日本の立場やありうべき方向を考え続けて模索し続け、働き続けた方だから。

そういう彼を正子さんが理解できたとは思い難い。
とはいえ。
Play fast をモットーとした次郎さんとツイッター的な正子さんの行動スピードはさぞ波長が合ったことだろうと思ったりする。

白州家のお嬢さんが書いた料理本も持っているけれど、シンプルに季節のものをさらりという料理が多かったのもうなずける。

さて。
rivise というのは見直し、修正、改正という日本語があてはまる。

翻訳の仕事で難しいけれど面白いのはチェック、いわゆる見直し作業だ。
自分、または誰かがやった仕事をひたすらにチェックしていく。文法、適切な言葉の選び方、文意など。
ただ訳していくよりも能力がいるのになぜか翻訳業界では値段が安い方の仕事。笑

業者からは最近はもうチェックの仕事しか回って来ないことも多くなってしまった。
それぐらい、私のいる業界にも人材が増えてきたんだろう。

そういう仕事柄、辞書ばっかり読んでいる時期もある。
使える辞書はまぁ数冊しかないので、数万円するその辞書たちを取っ替え引っ替え眺めて考える。

ある時、その辞書の説明がなんとはなく「フィットしない」と感じることが多くなった。
その辞書の最終発行間際に先生はお亡くなりになったので、他の先生が後を継いで以降、当然大きな改編もなくかなりの時間が経っていた。

「時代に合わせたものにしたい」
私の中にふつふつとそういう思いが出てきた。
電子辞書、改編、自分で作るというよりは、今の時代にあったデバイスや表現に言葉たちを昇華させてあげたいという気持ちが強かった。

そのためのシステムを考え、プロトタイプを作り、いろんな人をへて、そういう話が何度か自分のところにやってきた。

愛用していた辞書の改編作業グループともコンタクトが取れたし、新しい辞書を作らないかという話もあった。

その度に、神様はちゃんと私に言葉たちを昇華させる仕事をさせてくれるのだと、プレゼンからの道すがらお礼を言っていたことを思い出す。

言葉というものは誰に属しているものでもないのだけれど、その言葉が誰かによって表現されると「権利」みたいなものが出てくる。

それを皆に広げようと思うと、「システム」にのせないといけない。そのためには同じ土俵で世界が見えていないといけない。

「権利」と「システム」が同じに回らないと、「言葉」の「再編集」という時代とフィットさせるというようなことが陽の目を見ることはない。

「システム」というのはみんなが理解して利用できないと機能しない。お金が入っていないSuikaで駅の改札を通り抜けようとするようなもので、使えない。
「権利」というのはシステムが円滑に回るようになるまでは、そのシステムを信用して預けてしまわないと、その権利が利権となって自らを潤すまではいかない。

その両輪が回って初めて、言葉を時代にフィットさせるというような壮大な話が出てくる。

時代と言葉のズレみたいなものに無関心な人は、その必要性を感じないから、そもそもこんな話すら意味をなさないかもしれない。

結局、「天命」とまで感じた仕事のために、「権利」と「システム」という旧世界の壁を乗り越えるための次の世界を見る梯子をかけることができなかった。

新しいものを生み出すよりも古いものをリバイズする方がずっとエネルギーがいるし、権利やシステムをすでに保持している人がそれを手放すことはない。彼らがその権利を使わせてやっても良いと言った時のギラリとした眼差し。
惜しむらくは珠のような言葉の集積が研究者ではなく政治家の手に渡っていた。

珠は磨かれなければ、ただただくすんでいくだけなのに。

結局、自分の掴んだ「言葉のずれ」みたいな「時代」との差異とはなんだったんだろうな、と思うままにしていたのだけれど、先日、また同じような「ズレ」に遭遇した。

良し悪しは別にして、いつもそのずれを自分の問題、自分のせいと考えてしまうのが私なのだけれど、そうじゃない、言葉と時代のずれという昔向き合っていた問題でしかないということに気づかせてもらった。

さて、ここからが問題で。
たくさんの言葉たちを「昇華させる」という作業ができないまま、わたしはその仕事から離れてしまった。
今度は自分ごととして、システムも権利も関係ない世界で自由に本質をつかみ直していきたいし、いけるような気もしている。

その先の世界を表現するための言葉の核を見つける旅。

味方。

また長くかけないで、久しぶりの更新です。

日本は今年は雨季じゃなかった梅雨が早いそうですね。
紫陽花を見ると大学時代に園芸の講義で聞いた、お滝さんという方と恋に落ちて紫陽花の学名にOtaksa(オタキサン)とつけたシーボルトのことを思い出します。(そのエピソードはリンクのウィキを参照してください)

好きな小説家は誰、という話から吉川英治先生を思い出し、まだ読んでいなかった源頼朝などをパラパラと読んでいます。
史実と想像の部分を調べながら読み進めるのが好きです。

そろそろたくさん睡蓮や蓮を目にする季節かなぁと思うとワクワクします。

泥水を吸って美しく気品を持って咲く姿に涅槃を重ねた昔の人は想像力があるなぁと思います。

さて。

相変わらず数字やら星の動きを真剣に勉強できてはいませんが、パーツパーツを調べては色々と考えていたりします。

その参考にしているブログの一つに、月星座がピンとこない人の本質みたいなのを抜粋している記事があったのです。

私の月星座では、警戒心が強くて、自分の足を引っ張りそうな敵を探して自らの能力が敵に見つからないように隠し、
それゆえに自分の能力を十分発揮できず、弱いと思った他人がつけ込んでくるということが多いので、敵と認識しないで、味方につければいいというようなことが書いてありました。

いい加減、年齢を経てくると「きゃー、当たってるぅぅぅ」なんていうのはもはやイマジネーションの世界でしかないのですが、
「そうか、味方につければいいのか」

と、新鮮でした。

味方につけるっていうのは、当て字でほんとうは「天皇」側につく「御方」だったそうです。

誰かに自分のことを好ましく思ってもらうことよりも、この一瞬、正誤は別にして私の側に理解を示してもらいやすいように振る舞うぐらいならもう少し容易かもしれない。

と、なぜか思えたことも不思議で。

人によっては逆に感じる人もいるだろうし、味方は寝返るかもしれないとか思うかもしれない。

まだ色々考えてるところなのですが。
周りを敵だと思わないということ。

この言葉が身にしみてから、もう街でもどこでもそう思いながら人と相対するようにしています。
そうすると確かに少し構えた部分が収まって、気楽な風が今までよりも吹いている気がして、少し今までよりも楽しく感じています。

生きてれば矢面、な時代からうまくみんなを味方につけていけるような感じに変わっていけているのならそれはそれでいいのかなぁと。