細い路地を抜けて そのいち

2013-08-15 16.32.50

 

この国のこの地域に居を構えたのは、日本で会社を作って間もなくの頃だったと思う。

あまりにも、知っている暮らしとかけ離れたところだと暮らしにくくて。だんだんと西に移動して来た。この街の中でも古い街の部類に入る、中華街。

すぐ近くには学校があって、朝はお母さんやおじいちゃんに手を引かれた子供たちが登校してくる。

 

屋台も老舗の料理屋も目白押しなこの辺りは、食べるものにも事欠かない。町中よりも物価も安い。何よりその雑多な感じが昔の生活を少し思い出させるのに十分で、いつの間にかここにいてもう5年以上になる。

住まいからてくてくと歩いて出かけるとまずは学校の守衛のおじさんが声をかけてくる。交代勤務なので数人いるけれど、皆声の掛け方が微妙に違う。『どこいって来たんだとか、仕事なのかとか、誰と会うんだ?」とか笑。
だけれど、気づけばいつでも声をかけて来てくれる。手なんて振るようにも見えない、強面の元警察官のおじさんたちが遠くから私を見かけると、いつからかひらひらと手を振ってくれるようになった。なんだかかわいい、とくすくす笑いながら通り過ぎる。

表通りに行くのに少し近道をするには、ちょっと薄暗い裏路地を抜ける。この路地を通る勇気が出たのはここに長く暮らすようになってから。

どこかの屋台の仕出しの材料を家の前でじゃんじゃん作っているお家の前を通る。時間帯に酔っては大忙し。家族総出で、練り物を練っていたり、そこに入れる長い豆を切っていたりする。

「アルプスの少女ハイジ』に出てくるセントバーナードのような大きな犬がのっそりのっそりと間を行き交っているけれど、いたって人畜無害で小学校に上がる前の子供たちの面倒を見ている。もうきっと結構な年寄りなのかもしれない。寒い日には子供用のTシャツなんかを着せてもらっている。

夕方の風が出る頃になると、パパに成り立てのこの奥の長屋のお兄ちゃんが一つになるかならないだろう娘を抱いて、路地に出てくる。土地神様をまつる祠の脇に腰をかけて、最愛の娘と会話している姿を横目で微笑ましく見ながら通り過ぎる。

彼らともいつの間にか挨拶をするようになって、暑いですねーなんていいながら通り過ぎると、今度はおじいちゃんがプラスティックのいすを家の前に出して座っている。

玄関、というかロックのかかる網戸みたいなものしか無いぐらいだし、部屋の中も丸見えなので目に入る限りはあんまり日もあたら無さげなので、涼しい時間は大抵そうやって表で座っている。

この国の人らしく、たいていは上半身はだかに首から下げたお守りだけというラフなスタイルで、ぼんやりと子供たちや行き交う人を眺めている。どうしても帰ってくるときには、おじいさんが正面にいるので何も言わずに通り過ぎるのが難しくて『こんにちは』と挨拶しだしたのが初めだった。ご病気なのかもしれないけれど、無口なのでお話しはしたことが無いけれど、私が買い物をして帰ってくると、だいたいニコニコしながらうなずいてくれる。

こんな風に毎日夕方行き交う人を眺めるまでどんな人生を送っていたんだろうね。

その先には、鴨肉ラーメンの店があって一度食べたけれど、ちょっと口に合わなくって二回目はなし。そのせいか、挨拶もしにくいのだけれど、だいたいこの辺りに一昔前のカンフー映画なんかに出て来そうなフルメイクばっちりのいつもきれいにした華僑系のおばあちゃまがいてる。

おじいちゃんに挨拶しだした頃から、「どこいくの』『何かって来たの』なんていう、基本フレーズでのやり取りをおばあちゃまともするようになった。

この辺りは長屋なので、何しているかがばっちりわかっちゃうような生活と仕事環境で。猫も犬も悠々自適に好き好きに伸びたり寝転んだりしている。その一角に1スペースだけ分からない場所。背筋のピンと伸びたおじいちゃんが、決まった時間、日曜日は休みで立ったままで壁に向かってひたすら作業をしている。身なりもいつもきちんとしていて、職人感漂うこのおじいちゃまはこの国の人らしからず、いつ見ても仕事をしているので、挨拶すらしたことが無い。機会があれば、何をしているのか聞いてみたかった。

そこまでくるともう隣の路地に抜ける。右にはフルーツジュース屋台、左は焼豚のせご飯屋さん。ここは老舗って書いてあるんだけれど、入ったことが無い。というか入る勇気がない。ここの店主の小さいおじいちゃんがいるのだけれど、小さいパグをかっていて、顔がおんなじ。よく散歩させていて、犬もいつも店の前にいるんだけれど、ほんとに似ていて笑っちゃう。

また別の通りのお話は、また今度。

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