自分らしさとともに

日本に改めて居を移してから数年、ようやく日本にいると言うことになれた一方、生活習慣病の様な”ここではないどこか”に戻りたい気持ちがあります。

ある場所に暮らすことで生活は一変します。着るものや食べるもの、生活にまつわるものは変化を余儀なくされていきます。

暑い国がホームグラウンドとして長かった私にとって、自然な素材で作られたシンプルなラインのワンピースにヒールのスタイルは自分が一番リラックスできて心地よくいられるファッションでした。リネンやシルク、上質な8枚はぎのワンピースが日本では考えられない様な値段で買えたり、オーダーできるのですから無理もありません。笑

そんなお洋服を身にまとって、ひらひらと暑い国で暮らすのがずっと続いていくのだろうと思っていましたが、人生って不思議ですね。

日本に戻ってきてまず最初にしたことは、日本的なことに自分自身を浸すと言うことでした。着物に日舞、お茶など色々なことを一度にではありませんがそろそろと。

食べることも長くリハビリにかかりましたが、数年かけてようやくお料理も自分らしくまたできる様になってきました。野生に近い?ところに暮らしていたと言うか、この国は化学製品に溢れていて、残念ながら美味しいとおっしゃって食べていらっしゃるものを食べては身が悲鳴をあげ、お買い得やね、と着ていらっしゃるモノを真似してきては湿疹が出る身としては、本当に試行錯誤が多い数年だったと思います。

そんな中で、一枚お洋服を買うお値段で正絹が身に纏えるシステムが日本にはあるのですよねぇ。いわゆるフリマサイトです。日本に戻ってきて最初に感心したのがこのシステムでした。今の状況にマッチした物々交換システムと感心しました。

着物という消耗品と工芸品の間の様なものには特にこのシステムは有用で、断捨離と称して現金化するんでしょう、と言われればそれまでですが、これからの経済活動としては面白いなぁと思いながら楽しんで使っています。

フリマサイトの件はともかく、日本でバリバリ仕事をして、検察庁や入管や裁判所に行っていた頃はすきなブランドのスーツを数着並べてピンヒールで仕事をするのが自分らしかったですし、海外に暮らしているときはサラッとした天然素材のワンピースと動きやすいサンダルやヒールを好んで身につけることで「自分らしいわたくし」という殻にほっとしたものです。

ヤドカリは自分のサイズで頃合いの殻を変える様ですが、わたくしなどは生き方や住む場所でその「殻」を買えていった様な感じがします。

それがずっと見つからないと言う時期が日本に帰ってきた時期と重なったときは本当に、生きることもくらすことも、何を着るかと言うことも全部はっきりしないと言うか、暗中模索だった様に思います。

そのときは、年齢のせいかしら、日本に馴染んでないからかしらと思っておりました。最近、自分の着物を着て暮らしたいという気持ちの強さはなんだろうと考えていましたが、キュッと帯を結び終えたとき、「あぁ、これが自分らしい殻なのだ」と思いました。

今は着物を身に纏うことがなによりわたくしという存在を表すのに適しているのだなぁと思わせられるのは、紐でぐるぐる縛っているはずの自分の体が自由で楽だと感じるからなのです。

着るものが好きな方ならおそらく感じたことがあるであろう、着るものによって自己が開放される感じを着物を着ることによって感じているのですね。

着るものぐらいで、とお思いになるかも知れませんが、身に纏うものって自分らしさの表象ですし、それを見て周りはどんな人かと見られます。顔や髪型と同じ様に、身につけるものは「見せたい自分、ありべき自分、なりたい自分」という自分らしさの表出なのです。

面白いことに、モノトーンがほとんどだった洋服から、着物だと色々なカラーを着ている自分もまた楽しいと思えるのも今まで気づかなかった自分らしさの表出だと感じています。

暖かくなってまいりました、少しおしゃれをして街を歩いてみませんか。新しい自分らしさを発見することができるかも知れません。