引き寄せるんじゃなくて。

2014-04-29 18.44.48

言い方の問題かもしれないけれど、最近は「引き寄せ」が大流行りな感じ。
「なりたい自分」も「お金」も「恋人」も。

「引き寄せる」という言い方だから「ハウツー」ものになるし、グッズが売れる。(別に否定してるんじゃなくて、分析です)

前にも書いたけれどスピリチュアルなことにしてもなににしても「事象」は同じで「解釈」の仕方の違いなのだ。だけれど「引き寄せる」という言葉を使うだけで思考が停止して、その方法を聞きたくなるのだから、やっぱりみんな自分の経験値を通して考えるよりも出来合いの解釈がコンビニエンスなのだなぁと思う。

じゃぁ、どんな「事象」または「行動」をして「引き寄せた」と行動する人自身が解釈するのだろうかと思う。何かの行動をした結果、望むべき結果が得られた、またはそのきっかけになる事柄が起こった。っていうことだろうと思う。

その「事象」とか「行動」が「引き寄せる」というのは何を根拠に引き寄せるのかというと「良い行い」であったり「周りや自身が喜ぶこと」。

平たくいうと「あったり前」なことなのだけれど、私自身も含めてそう言う話が好きだ。(そう、私も基本的に好き)

ただ、あまりにも単純化されているし、同じ論法しか続かないので正直飽きる。体験談とかもそんなに変わらないしね。そうなの。この辺り、宗教に人々が求めたり、最近のお坊さんたちがFacebookとかでやっていることとあんまり変わらない。

いつも思っていることは真理というのはたった一つでその説明の方法が違うだけだからどれが自分にフィットするか、ということだけなのだということ。自分の脳みそとか理解力とか知的水準とか感情とかに何がマッチするのかということ。

俯瞰してみたらどれも変わらない。

とはいえ、なのです。

じゃぁ、神の存在とか宇宙の存在は?とか、自分に彼氏ができたわけは?急に金回りがよくなった訳は?仕事がうまくいかない理由は?

「引き寄せ」とか一つの宗教だとあらゆる事象への普遍性がない気がする。だから無理くり解釈する。

神様や宇宙を感じるのにそんなフィルターは何の役に立つのだろう?説明できないことができたときに、考える能力はいつ養うの?

説明できないことが起きたら、解釈が間違えてた、って思うはずだもの。少なくとも私はそう思ってた。

ちゃんとアンテナがたっていれば、その方法論で説明できないことですら、確信に変わることがある。それは自分がずっと直接対話してきたからこその経験値なんだよね。

なんとかコンサルトかもそう。私みたいに隙間な仕事なのに、方法論も経験値も人と違っていて、大局をみながら仕事をしたり生きていると全く話が噛み合ず「??」って感じで3分で失敗したなぁって思う。そう思っているのはコンサル側で、私はそこにそぐわない自分にだめだししてた頃があった。

そんな経験がいくつも重なると、方法論って何なんだろうなぁって思うに至る。
そのメソッドにはまらないことは間違いなのか、例外なのか。でもそれだって真理の一端かもしれないのに?当てはめることが目的になったら、本末転倒じゃないかしら。

引きよせっていわなくても、自らの心身を浄化して良くなってる人もいるし、他人のふんどしを「再解釈」して「引きよせている」ということもあるだろう。

いずれにせよ。
その中で「本質」だと自分が思うものを「方法論」によらずにつかめばいいことなのだろうと思う。運命の人でもお金でも仕事でも。

そのために自分が磨くべきものは、パワーストーンだけじゃないはず。

郵便局。

2014-05-02 16.29.21

小さい頃からお手紙が好きだった。

お手紙を書くのももらうのも。

子供の頃住んでいたお家の小さな赤いポストを何度も何度ものぞいたし、
郵便局のおじさんのバイクの音まで聞き分けられるぐらいの子供だった。

郵便が好きなのか手紙が好きなのか、その頃はわからなかったけれど。

この国に学生時代にきて、近所と学校以外で最初に親しくなったのも郵便局の配達員のおじさんだった。

おおよそ文明的なものからかけ離れた世界で、彼のもってきてくれる手紙や小さな荷物こそが、私のささやかな楽しみだった。

とはいえ、そのころの郵便事情はお世辞にも良くなかったから、送ってくれた手紙だってどれだけ届かなかったかわからない。

それでも、家で何もしていないときは店の前のベンチに座ってぼんやりとおじさんが来るのを待ったものだった。

そう言う訳で子供の頃から郵便が好きなせいか、郵便局に行くとなんだかわくわくする。

何万通もの思いが乗った物だとか手紙が世界中に行くと思うとなんだかたまらなく楽しい気分になる。

楽しい気分でいくからなのか、だいたい郵便局には顔見知りになった仲のいい局員が数人いる。ちょっと世間話をしてみたり、なんだかいろいろ。日本にいると郵便局の代わりにクロネコヤマトの配達のおじさんやお兄さんと仲良しだったけれど。

私がはじめにこの国に来た頃はインターネットなんかもなかったし、どこでも国際電話がかけられた訳じゃなかったから、そういう大層な用事のときにはこの写真の中央郵便局にこないといけなかった。

この天井が高い、古き良きこの国の西洋建築の名残を残した建物は昨年までは通常業務に使われていたけれど、今はそのほんの端っこだけを改装して業務に使っている。

改装が終わると大層な飾りもついちゃったからちょっと感じが変わったけれど、中はあまり手を入れていなくて、おしゃれな窓飾りだとかもそのままに今の業務しているところからもみることができる。

誰かと話したかったり、気持ちを伝えたかったりという意味では古い郵便局には大きな古い駅がもっているようなセンチメンタルな感じがあるような気がする。駅は実際に自分がどこかへ行ったり、相手が帰っていったりするためだから余計センチメンタルだけれど、「物」や「手紙」に思いを託す雰囲気と、駅よりもシステマチックにハンコをばんばん押す音だとか、荷物をがちゃがちゃと積み込む様子が駅とは違った旅情的なものをかき立ててくれる。古い郵便局ってそう言うざわめきをもっていて。

今みたいにあっという間に誰かとつながれる時代、それはスピーディーだし確かだし。とても有り難いんだけれど、古いこの大きな郵便局に来ると、「どうかこれが無事に届きますように」そんな気持ちで投函した、届いたかも返事が来るかもわからないでいた気持ちをふと思い出していた。

声・息・魂

2014-04-25 15.57.58

高校生のときに【声が大きすぎる】と親しい友人に言われて以来、無自覚に声を抑えるようになったような気がする。大きな声の人に元気でない人はいない、という話を聞いたけれどそれは真なりで、そういう風に言った友人は私の過多と言えるほどのパワーが疎ましかったのだろうということがずっとずっと後にわかるのだけれど。それはそのときには与り知らぬことで。

とにかく。声を出す職業なのに声の問題に悩まされてもう10年以上になる。

30代になって入退院を繰り返す原因となった持病が原因だとおもってきた。どんどん話すのがおっくうになり、マイクがないと講義も立ちいかない。本当に目の前にいる人に「聞こえません」といわれる経験を何度となく繰り返していくと、話すのだけではなく、誰かと接することすらいやになってくる。

仕事のクオリティーが保てないので、大きな通訳の仕事は数年前を最後にやっていない。声が通らない通訳なんて仕事にならないのだから。

この国の言葉を教える際にのどの使い様、声の出し方をきっちりと指導できるのになぜか自分の日本語の問題はクリアできない。そんなおかしな状況が何年も何年も続く。かわいい声だと言われるけれど、自分の声は品がないような気がして、全く好きになれなかった。営業トークみたいな声だから。考えてみたら、かなり自分をガードして話してたのだから営業に少し通じるところもあるね。

話すとのどが頻繁に痛むようになったのもこの頃から。喉が腫れる。話したくなくなる。

むりくり話すから、声を出すためにのどがきゅっと締まっているのもわかるようになってきたけれど、何をどうすればいいのかわからなかった。

のどはコミュニケーションを司るチャクラだから、ここが閉まれば当然、コミュニケーションにも難がでる。そんなことはわかっていても、それをどうにかしたいという魂の力強さにかけていたのかもしれない。

瞑想をしたり、体中に気を巡らせても【のど】や【声】の問題と連動させることがなかったのも無意識に避けていたのだろう。それをあることがきっかけでどうにかしよう、と思い出して。

おかしなもので【仕事で使う】という目的での改善は身体がどうやっても反応してくれないのだけれど【息】という生きることと少しずつ連動させていけるようになったところで「声磨き」のセミナーがあるというので参加することにした。

声が出ない原因、身体を共鳴させられていないこと、声という「音」と「呼吸」が連動していないこと。身体に力が入ることで、身体が響かない、声が聞こえづらくなるという話にはなるほどと納得することがあった。

自分の声の力をイヤな形である意味封印されてから、声のパワーを無視してきたように思う。

セミナーの間にふと、ある人のことを思い出した。マリアさんという私が出会ったときにはもう70歳を超えたおばあさまだったけれど、彼女はクリスチャンで日本で最初にオーラソーマをはじめた人。彼女は縁あってこの国にきたことがあって、その昔話を聞くことがきっかけで何度か彼女のセッションも受けたし、自宅にもお邪魔した。

彼女はこの国にきたときに、とある有名な寺のそばでお坊さんたちと知り合いになり一時毎日おそらく時の僧正たちと毎日食事をしたり会話をするのだけれど、それでお経も覚えたのだという。何十年前に覚えた彼女の唱えるお経のパワーといったら。小さなやせたしわくちゃの彼女からは想像もできないような地に響き渡るような魂からの読経だった。小さなお部屋で聞いた彼女の普段の声とはかけ離れた声に圧倒されたのを覚えている。

宗教寺院の多くで祈りの際に線香のような煙の立つものをあげるのはその煙に沿って願いが神に届けられるためだと言う。声だってそうであるはずだ、ということに気がついていく。

声は気であり、気は魂の発露だと言う流れが理解できた私の声は、営業トークのような声ではなくなってきたように思う。ふわりと自分の声を柔らかに身体に響かせられるようになるまであと少し。

クリアであること、敏感であること。

2014-03-29 17.25.29

ある出来事の意味付けは自由だ、と思う。

『ただの偶然』と思うのか『メッセージがきたよ』と思うのかもそうだと思う。

起こる出来事のすべてに意味付けをしていると、窮屈だしただの面倒なちょっと危ない人になってしまうけれど、あとから『さっきの出来事はこの暗示だったな』なんて言う気付きは多少ならずともあるのではないかと思う。

そんなのこじつけ。そう思う人はこの先を読んだって楽しくないと思うのだけれど、『そうとも言える』と思った人には少しなりのヒントになるかもしれないこと。

クリアにいるというのは自分の問いかける内容もそうだけれど、素直に気付けるための精神状態が大事な気がする。中庸で森林で深呼吸したような安堵感みたいなものがあればなおいいと思う。

『願い事を叶えるためには、本当に願って、その実現を信じたら一度忘れることだ』
そう、とある本に書いてあって。

その心は、その願いがもう自分の中で当然起こるものとして、自分の中に日常あるものとして落とし込む。日常当たり前にあるものだから、敢えて引っ張り上げないし、ずっと抱きかかえない。この解釈にも通じるところがあるような気がする。

そうやってクリアでいると、何らかの知らせはくる。人間ってそういうことをちゃんと感じられるように作られているはずなのに。(以下自粛)

私は何もそれで感じたことをすぐに実行したり信じたりしなくてもいいとも思う。でも、うっすら自分が『これは多分だめ』とか『大丈夫』と知っていることこそが敏感であるということなのではないかなぁと思う。

うっすらとでもいいから、それを感じてさえいれば不用意なサプライズがない。ということは、心の準備ができているからいつでも対応できる自分になれる。

多くの経営者が禅や瞑想をする理由の一つはここにあると思うし、こんな風に自分の生活や仕事に生かせない禅や瞑想はやっていないに等しい、己にも社会にも資するものにはなりはしない。

世の中には占星術やカードやいろんなものでそういう意識を引っ張りだしたり、意味付けすることも今や一般的になっている。私も延々そういうのにはまってきたし、価値を置いてきた。それで無理くり流れを作ったり意味付けをしたりもした。

占星術に関しては今もお世話になっているが、自分で星の配置を読み解くだけの能力がないので4人ほど意見が違うプロの解説を全部見て、自分なりに見ることにしている。そうすると、読み手を怖がらせたい人、楽観的な人、いろいろな要素がうまく混じりあってちょうどいい感じの頃合いになる。

敏感さにバイアスを持ち込みたくないと思ったときにこの方法を思いついた。これもふありと降ってきた直感。
これが良いという意味付けも、いやいやだめだという知らせだと言う判断もすべて自分の心の奥底が本当はその決定でいいのかって知っているということに気がつけるか。気がつけている自分でいたいといつも思う。

より高みに引き上げる作業

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この国に初めて長く住み始めた若かりし頃、店をやっていた家に人の出入りが減る午後と夕方の間、あたりがしーんとする時間帯に店の入り口脇にあるベンチに寝転がって、犬の目線で物を見ていた。「お前何やってんの?」と偶然それを見かけた近所の友達に笑われたりもしましたが。

ちょうどこの家にいた犬とベンチの高さの目線が同じだったので気がついて。ついつい(笑)
なので、ずいぶん見かけなくなりましたが、タイルばりのいすとテーブルセットを見るとその頃を思い出します。

社会だとかビジネスの構造は大きくいくつかのタイプに分けられる、その一つに『松竹梅構造』があると思う。松のレベルの優良顧客、難しい内容を竹・梅とだんだん値段と内容を落としてターゲットを変えている。松の人は梅のターゲットを狙わないし、梅の顧客は松の潜在顧客になりうるので、梅レベルをターゲットにしている人が松の理論を応用したって松の人はあまりうるさくいわない。

ビジネスの場合は、だいたい松から梅へとトップダウンして行くのかなぁと思います。

顧客はそこで仲間を作り、その仲間のグループで消費しあうというシステム。

それでビジネスや生活が成立するのであればそれでいいのだろう、とも思います。
効率のいい稼ぎ方だろうし。

お互いの顧客がこちらの顧客にもなりうるのですから。

似たり寄ったりのサービスの中で【誰からそのサービスを購入するのか】という、日本で今一番大切にされているマーケティングは結局ここに終着していったのだろうとおもいます。

構造が分析できてしまうと、なんだか数式を解いたみたいな気分になって、関心はなくなってしまうのですが。

同じ目線での食いあい(少し言葉が悪いですが)がいくつかの層になっていても、それはシャッフルされることもなく、その層が入れ替わることもない。目線はいつも同じママなのです。(ターゲットってそういうことだから)

そういうのを超越できることって、不可能なのか。
みんなそういうカテゴリーの層に入らないといけないのかと言うとそうでもないはずで。

全く新しい概念を持って突き抜けちゃえばいいんでしょう。
でもそこにマーケットはないから一からのチャレンジ。
マーケットを作ると結局またその下に層ができるのかもしれません。

人間のお財布にも理解にも差があるのだから層をなす、というのはある種自然な流れなのです。

自分がどこにある層に位置していて、何を目指しているのか、最終的な目的や意思がない限り、結局鉢の中で泳ぐ金魚みたいに同じ種類の金魚の中で一緒に泳いでいるだけなきがします。それでも毎日は過ぎるし、目新しいこともあるんだろうから。

ディズニーの映画?【ニモ】でしたっけ?飼われている熱帯魚が海を目指すというような姿勢がないと人生での高みを目指せないよねって思ったりしています。

名前の大切さ。

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安岡正篤にこのような言葉がある。

名前をつけるということは大事だ。
だから、名前はおろそかにしてはいけないので「命名」と言う。
「命」と言う字は絶対的という意味でいのちという。
だから非常な意味をもって付ける。

自分の名前は自分で付けていないけれど、結果的にこの名前で良かったのかなぁと思う。
サブの名前は母が付けようと思っていた蕗子かな。路という字が入っているのが好き。路のようにまっすぐと筋の通った植物という意味。

座右の銘で「いたりうべしやそは我知らず、歩み歩みいく、この遠心」という佐佐木信綱の短歌を良く思っていたけれど、蕗子という名前はここに通じる気がしている。

結局、できないでいたけれど、この国である名前の会社を作りたかった。思い入れがありすぎて結局登記できなかったという笑い話付きだけれど。
はじめに作った会社は人に名前をもらってつけた名前だったし、とにかく、自分の思いを込めてつけようと、辞書をひき引き探し当てたある名前。

神様の乗り物、という意味。

数年前、あることをきっかけにいかにして自分の意志を超越して世界や社会のためにいけるのだろうと考え始めたときに、自分という存在をどういう風に認識して高めていけばいいのだろうか、と考えた。

神様でも宇宙の大きな存在でもいいけれど、いずれにせよその意思なり方向性を具現化するためには道具がいるだろう。そのいい道具になりたい、という思いから、神様が安心して乗れるような乗り物に自分を高めていこうと思った訳で。

それと同じ意味を持つ名前の会社こそが、大きな意思を実現させられるのかもしれない、と思っていて。

結局その会社はできなかったけれど、その志は変わらず私の心の中にあって。

まっすぐと道をあるく。少しでも神様のいい道具となるように自らを高めながら。

何をするべきかは「カミサマノイウトオリ」で、ただただ入れ物としての自分を磨く。

力を抜くということ。

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自分を思い通りに動かす、と言うことについて前回はここ最近の気付きを書きながら、切っても切れない要素があるのを思い出したのであわせて書いておこうと思います。

武道を始める前からよく【力を抜きなさい】と言われることがあって。
マッサージに行ったりすると、「どうしてこんなに張ってるの?力はいり過ぎじゃない」とか言われることもよくある。

もともと緊張しやすい性格だからどうしても無意識に身体に力が入ってしまうのだ。

仕事柄、人の出す声を良く聞いているけれど、声だって同じで口の動きを意識すると知らないうちに喉に力が入っていたりする。これだって昨日のテーマである「自分を思い通りに動かす」という作業の一貫ととらえればまた違うアプローチがあるはず。

力が勝手に入るのも自分を思い通りに動かせないことも原因は同じで方向性だけが逆なのだろうと思う。入れようと思っていないところに力が入り、動かそうと思っているところが動かない。

自分の身体すら、ままならないという前提に立てば物事はもっとおおらかにやさしく見ていられるのかもしれない、とも思う。

とはいえ。
できないままでいるなんて許せない(笑)から、当然試行錯誤を繰り返している途中。
「軸をしっかり」というのは「力を抜く」ということと対でアドバイスされる。全部の力を抜いてはただ崩れ落ちてしまうので、軸をしっかり立ててほかの力は抜くということ。

まっすぐ立っていようが座っていようが、打ち合わせしていようが、武道の型をしていようが。軸だけはしっかりと。

身体を動かしているときの力の抜き具合は何とも言えないけれど(まだかなり練習する必要があるかも)、それ以外で力が抜けてきたように思う。

そうすると自然と肚が据わるし、肩こりも改善されている気もしなくもない。何より穏やかになり、思考も広がりやすくなった。こういうことの積み重ねで身体と心や魂が密接に関係していると改めて実感していくことで心身のバランスを取りやすくなる。

自分のあるがままの姿で修行を重ねて、勝負するときにはその一点に力を集中させるためにはいつも力を抜いて身体をしなやかに敏感にしておくことが大切なんだということを身体を動かしていくことで教えられている。

縮んだ筋をのばして、あるべき姿(痛みを感じずにのばせるということ)が力を抜ける状態になる、ということだし、ニュートラルに我が身を置くことだからこそ、心もニュートラルになるんじゃないかなぁと思いながら前屈をしていたりします。

自分を思い通りに動かすことからすべては始まる。

2014-04-07 15.46.29

今年に入って武道を始めた。

はじめたといっても週一回数時間だからたいした練習量でもないのだけれど。
身体を動かすのは嫌いではないけれど、誰かと相対するとか大人数でやることに子供の頃からの嫌な経験があってずいぶん遠ざかっていた。

知らない人と満員電車でもないのにパーソナルスペースの中にいることや手をつかんだりするのがものすごくはじめは違和感だった。

少人数で教えてもらえることもあって、全くのど素人の私でも無理矢理まねごとみたいに先生たちの後を追ってやっている。

覚悟はしていたことだったのだけれど、思った以上にひどくて驚いたのが【身体が思うように動かない】ということだった。見ているものと同じようにする、ということが全くできない。見たものを理解して身体を動かすという機能が死んでるのかと思うぐらい。何度見ても自分の感覚としては、【わからない】というのが一番フィットした表現かもしれない。

何度言われても、向きが違っていたり、左右が逆だったり。トンチンカンなことこの上ない。

いつもなら「恥ずかしいしもう嫌だ」とやめてしまいたくなるのを、もう数ヶ月続いているのは、指導してくださっている先生が良いのと、身体を動かすことが思ったより楽しいから。

そんな中でプラスの発見もあった。
私の通っていた高校は薙刀が強くて、女子は体育の授業で薙刀が必修だった。

その経験のせいなのだろうか、棒を持ってやる立ち会いだけは何となく覚えが良いのである。何十年経っても身体が何かを記憶しているのだろうか、と思ったりもした。

自分が生きていく過程で、気持ちや思考や行動をコントロールすることは一生懸命学んだし、いろんな経験を積んで来たけれど、入れ物である身体を思い通りに動かすということにいかに無自覚だったのだろう。人間としてバランスの良さを追求して来たつもりだったのに、自分の身体すら思うように動かせない。

そんなときに野生動物と戦うシュミレーションをしている?武井さんの「身体を思い通りに動かす」という記事を見かけた。

詳細はリンクをたどって読んでもらえばいいのだけれど、武道でもスポーツでも上達のためには技術よりも「自分の身体を思い通りに動かす」ということが本質で、そこに視点を転換した上で、「最善の型」にキープできる訓練をしているのだ、と彼はいっているのだという理解をして。

その「最善の型」にあるときの筋肉の張り、手の感じ。そんな風に感覚と筋肉をシンクロさせる。

思考やそれに基づいた行動がコントロールできることがよしんば100%できたとしてもそれは自分というポテンシャルのたった半分でしかないということも教えてもらう。

感覚と筋肉がしなやかに連動するために、身体もしなやかでないといけないとも感じる。
何十年も使わずじまいの錆び付いたこの感覚をしなやかに連動させられるようになれば、人生はまたもっと朗らかになっていくんじゃないかしら、そういう感じがものすごくしている。

赤毛のアンとひらひらドレスと外国語

2014-02-13 00.06.23

母が亡くなってから、彼女のことを良く考えたり思い出すようになった。

自分の中にある彼女との共通点がいろんなことにつながるから。

過去のことを記録していくとどうしても暗い話が多いんだけれど、イメージだけはいつも自由だったように思う。
母は時代的な背景もあって少し大変な人生を過ごして来た人だったけれど、芯の強い明るい人だった。子供に与えるものはセンスが良かったし、教育的な配慮が行き届いていたと思う。

彼女に抱きしめてもらったりした記憶はないけれど、しっかりと躾けてもらったことには本当に感謝をしている。スキンシップは希薄だったかもしれないけれど、私たち年子の姉妹を連れ歩くのに乗れない自転車をずいぶん苦労して乗るようになったらしい。

私たちが自分で自転車に乗れるようになると、三人で買い物に少し離れたスーパーに自転車で行ったものだ。そのときに当時母がものすごく好きだった「赤毛のアン」というアニメの挿入歌にでてくるような花が散り咲く並木道があって、彼女のお気に入りだった。「赤毛のアンの道を通って買い物行こう」とよくいったものだ。

年子の私たちの自己主張が激しくなるまではいつもお揃いの服がお出かけ着だったのも、彼女のクラシカルだったりドレッシーなものが好きなところに通じるのかもしれない。

彼女はお芝居やお笑いなども好きな人でそのあたりは私よりも妹の方が話があったのだけれど、映画の趣味だけは同じだった。ヨーロッパの中世の歴史もの、ひらひらのドレスで舞踏会をするシーンがあるようなものは一緒に見ていた気がする。『恋に落ちたシェイクスピア』『マリーアントワネット』だとかヨーロッパじゃないけれど『風と共に去りぬ』とか日本映画よりも洋画を好んでいたのも父とは全くそのあたりの趣味が違うので彼女のもって生まれた嗜好だろうなぁと思う。でも小説で外国ものは読まなかったから、きっとあのきらびやかさだとか外国の雰囲気が好きだったのだろう、と思う。

私が外国に行きたい、と言い出したときのキーワードも「赤毛のアン」だった。アンが住む「グリーンゲイブルズ」のような家に住むんだと思ったものだ。現実はずいぶん違ったけれど(笑)英語を小学校から習いにいきたいといったのも留学も賛成して行かせてくれたのは、子供のためもあったろうけれど彼女の行きたくて行けない世界への足がかりだとも思ってくれていたのかもしれない。

彼女の年頃の女性にとって美しいドレスや外国語程、女心をかき立てるものはなかったのだろう、と思う。

数年前から自分の美的感覚をもっと絞り込もうと思って、気に入った写真を保存するようになってあることに気がついた。ウェディングドレスの写真が多い。着ることはもうないだろうし、着たい訳でもないのに、あの美しさに見惚れてしまうのだ。これって、ひらひらドレスの舞踏会映画好きだった影響?と思うようになって来た。

この国にいるから、この国の言葉でご飯を食べているからもっと勉強しないといけない、というしがらみを外して世界を見渡すと、自分がわくわくしたり、見てみたい世界がどこなのかが素直に心に届く。ものすごいフィルターをかけていたのね、と自分でも驚くけれど。

私にとって最初に触れた外国語は英語だったし、生活のために変な縛りをつけてこの国の言葉ばかりに執着していたけれど、それがなかったら?
そう考えると、わくわくしたり、自分が話して楽しい言葉があるのかもしれないという思いに駆られる。楽しい言葉っていうよりもいることがより楽しい世界、と言い換えた方がいいのかもしれない。

過去の思い込みでずいぶん片方の足に重心をかけて生きて来たけれど、「赤毛のアン」のアンだってものすごい想像力で幸せを手にした。

想像力なら私も多少なりともあるつもりなので、それを活かして未来を作り上げていく。今その途中にある感じ。
どんどんそうやって自由になっていくのかも。過去から。

カミサマノイウトオリ

2013-02-10 17.19.49

「どちらにしようかな、かみさまのいうとおり」

子供の頃から何度も唱えた何かを選択するためのこのセンテンスほど深いものはないなぁ、と数年前から思うようになった。あみだくじでもコインの表裏でも、それは偶然という名前の自分以外の意思に選択を委ねようという姿勢で。

人は『どちらにしようかな』と口にする時、明確な自分の選択肢がないニュートラルな状態にあるのだけれど、このセンテンスを言い終わるとき、それは意識の表層にあがっていなかっただけなのか、それとも本当にニュートラルに自分が決めるための決定打をもっていないかを知る。

選んだ指の先にある答えに躊躇を感じれば、それは心の奥底で自分のいくべきだと思う方向性があったことを意味するのだと思う。

そんな自分の心の奥底を知るためにも『カミサマノイウトオリ』と指を動かすのは悪くない、そう思ったりしている。

いつのころからか、自分の意志とかを超越したところに自分の身を預けて生きられたらいいなぁって思うようになっていた。

自分の身の回りのこととか生活とかのためではなく生きられたら、いいのにと。

本来の意味での『カミサマノイウトオリ』って言うのはそういうことなのではないか、と思う。

出家だとか神に仕えるとかそういう方向性と全く違う。今もって生まれたこの自分という器を神様に最大限使ってもらう。何をするべきなのかとか、何が正しいのかとかそういうジャッジは全部示された目の前のものを淡々と受け取っていく。

自分の心身がクリーンでないといけないだろうし、自分の身を預ける覚悟がないといけなくて。

覚悟があったとしても「こんな私でよいのかしら、大丈夫なの?」とついつい自分を卑下してしまうことも多々ある。

出家することも何かの宗教を旨として生きることからも解放されて自分が社会の中でするべき役割ということを考えたときに、この選択肢が目の前にあって、そういう風に生きることを選べる状況にあることこそが『カミサマノイウトオリ』に生きなさいということで。

私でいいんだねぇ、と思っていいんだということになる。
だからちゃんとそのメッセージが自分に届く状況を整えて、メッセージ通り行動できる自分にいつもいるかどうかは自分次第だから。そういう自分のポテンシャルはいつもあげていく努力をしていけばいいだけで。

何言ってんだいって感じのはなしなのだけれど、ようやくたどり着いたこの心境と環境にようやくなじんできつつあるから、心穏やかに。