このブログを書く理由。

2012-05-12 20.25.24

初めてブログを書いたのはいつだろう。まだ21世紀になりたての頃だったんじゃないかしら。あるサイトの「公式ブロガー」としてはじめたのが実はブロガーデビュー。

まだブログって何?位の時代で、私の方が面白いことかけますけど(笑:強気ね)っていう感じで応募した。

オフ会、なんて単語はあんまりまだ使われていないし、一般的ではない頃だけれど、地域のいわゆる大きな事業会社と広告会社が組んだ結構新しい取り組みだったから、私たちは自然発生的にオフ会もしていたし、お題を決めてリンクしあうとか、広告会社が営業で取ってきてくれた会社の商品宣伝ブログも書いていたし、それでいいホテルにも泊まらせてもらった。

一緒に会社を立ち上げることになった人にも出会うことになったのもここだった。

事業がぱっとしなくなったので数年後、ブログは別のところに移設されたのと私が個人で仕事を始めたり、会社を作る時期が重なったのでそこからまた無料のブログに移行した。今度は公式とかじゃないけれど、営業のためだったり、生徒さんのためだったり、自分のブランディングみたいなことがいわれ始めた頃にはブログでそう言うことをやっていた訳で。

だから、炎上も嫌がらせも応援してくださる人のこともひとしきり経験している。

インターネット集客に詳しい人が仲間だったこともあるから、その手のノウハウもある程度なら知っているし、自分でホームページもブログも素人っぽいけれど一応作れるようになった。

自分の思いを綴る、というのがやめられなくて、結局それはそれで続けているのだけれど。

私の書くものはどうしても自分のテンションが移っているせいか、悩みがただたんに多かったからなのか、そう言う「私に似た」と感じてくれる女性の読者の人が常に多くて。ただただ自分の悩みや考えていることを綴るだけで、「前向き」でも「明るく」もない、ただただ「心情の吐露」をしてたような気がする。

自分の今の生き方やありように多少なりの疑問を呈しながらひっそりと生きている人というのは少なくない、ということで。

だから私みたいに、前向きでもなければ明るくもない。解決する訳でもない思考の中で表に出てきたものをただ整理するために出したものを読んで「あぁ、私一人が疑問をもっていきている訳ではない」と思ってくださっているのなら何よりで。

私が学生時代から姉と慕う人のFacebookのタイムラインで大手の雑誌で新たに連載をされるおそらく姉の同級生の方の書き込みを拝見して、このエントリーを書いている。

その方はある人に、「何、伝えたいの。何、したいの。読んだ人にどう動いてもらいたいの!」といわれたことが今回の連載にすごく役立っていると書いていらして。

会社の営業用でも何でもないこのブログに私は何を意味付けるのだろう、どうしてまた書くの?と改めて問い直すことになった。

今回のブログはただの心情を吐露するブログ、という訳でもない。その時、私のブログを読んで自殺を思いとどまったという読者の人が私のブログが広いネットの上にある灯台だった、といってくれたことをふと思い出した。

世の中がますます単純化されて、今目の前にある問題だけがクローズアップされて、俯瞰よりも凝視することばかりに社会が執着している中で、私はもう迷わないけれど、気付いたことのほんの一部分を共有する。こんな風に考えると、見えるものが変わるよっていうことをここにおいておきたいと思う。

そうすることが、周りに話す人も考えを共有できる人もいない人に届いて、本人が何かに気づいたり、安心するきっかけになれば良いとおもう。

私は2冊本を出しているけれど、自分の想像もしないところで深く自分の思いを汲み取ってくれる読者がいることを知っている。顔を見ることも名前を知ることもないけれど、そんな誰かの変化のきっかけをこのブログが担ってくれるならそれはそれでとても幸せなこと。

そのために気負わず、自分の思考と分析の成果の一部を自分の忘れたくない記憶と織り交ぜながら語るように綴っていければと思います。

それが新しい人生、vita illuminata 。

引き寄せるんじゃなくて。

2014-04-29 18.44.48

言い方の問題かもしれないけれど、最近は「引き寄せ」が大流行りな感じ。
「なりたい自分」も「お金」も「恋人」も。

「引き寄せる」という言い方だから「ハウツー」ものになるし、グッズが売れる。(別に否定してるんじゃなくて、分析です)

前にも書いたけれどスピリチュアルなことにしてもなににしても「事象」は同じで「解釈」の仕方の違いなのだ。だけれど「引き寄せる」という言葉を使うだけで思考が停止して、その方法を聞きたくなるのだから、やっぱりみんな自分の経験値を通して考えるよりも出来合いの解釈がコンビニエンスなのだなぁと思う。

じゃぁ、どんな「事象」または「行動」をして「引き寄せた」と行動する人自身が解釈するのだろうかと思う。何かの行動をした結果、望むべき結果が得られた、またはそのきっかけになる事柄が起こった。っていうことだろうと思う。

その「事象」とか「行動」が「引き寄せる」というのは何を根拠に引き寄せるのかというと「良い行い」であったり「周りや自身が喜ぶこと」。

平たくいうと「あったり前」なことなのだけれど、私自身も含めてそう言う話が好きだ。(そう、私も基本的に好き)

ただ、あまりにも単純化されているし、同じ論法しか続かないので正直飽きる。体験談とかもそんなに変わらないしね。そうなの。この辺り、宗教に人々が求めたり、最近のお坊さんたちがFacebookとかでやっていることとあんまり変わらない。

いつも思っていることは真理というのはたった一つでその説明の方法が違うだけだからどれが自分にフィットするか、ということだけなのだということ。自分の脳みそとか理解力とか知的水準とか感情とかに何がマッチするのかということ。

俯瞰してみたらどれも変わらない。

とはいえ、なのです。

じゃぁ、神の存在とか宇宙の存在は?とか、自分に彼氏ができたわけは?急に金回りがよくなった訳は?仕事がうまくいかない理由は?

「引き寄せ」とか一つの宗教だとあらゆる事象への普遍性がない気がする。だから無理くり解釈する。

神様や宇宙を感じるのにそんなフィルターは何の役に立つのだろう?説明できないことができたときに、考える能力はいつ養うの?

説明できないことが起きたら、解釈が間違えてた、って思うはずだもの。少なくとも私はそう思ってた。

ちゃんとアンテナがたっていれば、その方法論で説明できないことですら、確信に変わることがある。それは自分がずっと直接対話してきたからこその経験値なんだよね。

なんとかコンサルトかもそう。私みたいに隙間な仕事なのに、方法論も経験値も人と違っていて、大局をみながら仕事をしたり生きていると全く話が噛み合ず「??」って感じで3分で失敗したなぁって思う。そう思っているのはコンサル側で、私はそこにそぐわない自分にだめだししてた頃があった。

そんな経験がいくつも重なると、方法論って何なんだろうなぁって思うに至る。
そのメソッドにはまらないことは間違いなのか、例外なのか。でもそれだって真理の一端かもしれないのに?当てはめることが目的になったら、本末転倒じゃないかしら。

引きよせっていわなくても、自らの心身を浄化して良くなってる人もいるし、他人のふんどしを「再解釈」して「引きよせている」ということもあるだろう。

いずれにせよ。
その中で「本質」だと自分が思うものを「方法論」によらずにつかめばいいことなのだろうと思う。運命の人でもお金でも仕事でも。

そのために自分が磨くべきものは、パワーストーンだけじゃないはず。

より高みに引き上げる作業

October-30-2012-02-09-41-aaa

この国に初めて長く住み始めた若かりし頃、店をやっていた家に人の出入りが減る午後と夕方の間、あたりがしーんとする時間帯に店の入り口脇にあるベンチに寝転がって、犬の目線で物を見ていた。「お前何やってんの?」と偶然それを見かけた近所の友達に笑われたりもしましたが。

ちょうどこの家にいた犬とベンチの高さの目線が同じだったので気がついて。ついつい(笑)
なので、ずいぶん見かけなくなりましたが、タイルばりのいすとテーブルセットを見るとその頃を思い出します。

社会だとかビジネスの構造は大きくいくつかのタイプに分けられる、その一つに『松竹梅構造』があると思う。松のレベルの優良顧客、難しい内容を竹・梅とだんだん値段と内容を落としてターゲットを変えている。松の人は梅のターゲットを狙わないし、梅の顧客は松の潜在顧客になりうるので、梅レベルをターゲットにしている人が松の理論を応用したって松の人はあまりうるさくいわない。

ビジネスの場合は、だいたい松から梅へとトップダウンして行くのかなぁと思います。

顧客はそこで仲間を作り、その仲間のグループで消費しあうというシステム。

それでビジネスや生活が成立するのであればそれでいいのだろう、とも思います。
効率のいい稼ぎ方だろうし。

お互いの顧客がこちらの顧客にもなりうるのですから。

似たり寄ったりのサービスの中で【誰からそのサービスを購入するのか】という、日本で今一番大切にされているマーケティングは結局ここに終着していったのだろうとおもいます。

構造が分析できてしまうと、なんだか数式を解いたみたいな気分になって、関心はなくなってしまうのですが。

同じ目線での食いあい(少し言葉が悪いですが)がいくつかの層になっていても、それはシャッフルされることもなく、その層が入れ替わることもない。目線はいつも同じママなのです。(ターゲットってそういうことだから)

そういうのを超越できることって、不可能なのか。
みんなそういうカテゴリーの層に入らないといけないのかと言うとそうでもないはずで。

全く新しい概念を持って突き抜けちゃえばいいんでしょう。
でもそこにマーケットはないから一からのチャレンジ。
マーケットを作ると結局またその下に層ができるのかもしれません。

人間のお財布にも理解にも差があるのだから層をなす、というのはある種自然な流れなのです。

自分がどこにある層に位置していて、何を目指しているのか、最終的な目的や意思がない限り、結局鉢の中で泳ぐ金魚みたいに同じ種類の金魚の中で一緒に泳いでいるだけなきがします。それでも毎日は過ぎるし、目新しいこともあるんだろうから。

ディズニーの映画?【ニモ】でしたっけ?飼われている熱帯魚が海を目指すというような姿勢がないと人生での高みを目指せないよねって思ったりしています。

赤毛のアンとひらひらドレスと外国語

2014-02-13 00.06.23

母が亡くなってから、彼女のことを良く考えたり思い出すようになった。

自分の中にある彼女との共通点がいろんなことにつながるから。

過去のことを記録していくとどうしても暗い話が多いんだけれど、イメージだけはいつも自由だったように思う。
母は時代的な背景もあって少し大変な人生を過ごして来た人だったけれど、芯の強い明るい人だった。子供に与えるものはセンスが良かったし、教育的な配慮が行き届いていたと思う。

彼女に抱きしめてもらったりした記憶はないけれど、しっかりと躾けてもらったことには本当に感謝をしている。スキンシップは希薄だったかもしれないけれど、私たち年子の姉妹を連れ歩くのに乗れない自転車をずいぶん苦労して乗るようになったらしい。

私たちが自分で自転車に乗れるようになると、三人で買い物に少し離れたスーパーに自転車で行ったものだ。そのときに当時母がものすごく好きだった「赤毛のアン」というアニメの挿入歌にでてくるような花が散り咲く並木道があって、彼女のお気に入りだった。「赤毛のアンの道を通って買い物行こう」とよくいったものだ。

年子の私たちの自己主張が激しくなるまではいつもお揃いの服がお出かけ着だったのも、彼女のクラシカルだったりドレッシーなものが好きなところに通じるのかもしれない。

彼女はお芝居やお笑いなども好きな人でそのあたりは私よりも妹の方が話があったのだけれど、映画の趣味だけは同じだった。ヨーロッパの中世の歴史もの、ひらひらのドレスで舞踏会をするシーンがあるようなものは一緒に見ていた気がする。『恋に落ちたシェイクスピア』『マリーアントワネット』だとかヨーロッパじゃないけれど『風と共に去りぬ』とか日本映画よりも洋画を好んでいたのも父とは全くそのあたりの趣味が違うので彼女のもって生まれた嗜好だろうなぁと思う。でも小説で外国ものは読まなかったから、きっとあのきらびやかさだとか外国の雰囲気が好きだったのだろう、と思う。

私が外国に行きたい、と言い出したときのキーワードも「赤毛のアン」だった。アンが住む「グリーンゲイブルズ」のような家に住むんだと思ったものだ。現実はずいぶん違ったけれど(笑)英語を小学校から習いにいきたいといったのも留学も賛成して行かせてくれたのは、子供のためもあったろうけれど彼女の行きたくて行けない世界への足がかりだとも思ってくれていたのかもしれない。

彼女の年頃の女性にとって美しいドレスや外国語程、女心をかき立てるものはなかったのだろう、と思う。

数年前から自分の美的感覚をもっと絞り込もうと思って、気に入った写真を保存するようになってあることに気がついた。ウェディングドレスの写真が多い。着ることはもうないだろうし、着たい訳でもないのに、あの美しさに見惚れてしまうのだ。これって、ひらひらドレスの舞踏会映画好きだった影響?と思うようになって来た。

この国にいるから、この国の言葉でご飯を食べているからもっと勉強しないといけない、というしがらみを外して世界を見渡すと、自分がわくわくしたり、見てみたい世界がどこなのかが素直に心に届く。ものすごいフィルターをかけていたのね、と自分でも驚くけれど。

私にとって最初に触れた外国語は英語だったし、生活のために変な縛りをつけてこの国の言葉ばかりに執着していたけれど、それがなかったら?
そう考えると、わくわくしたり、自分が話して楽しい言葉があるのかもしれないという思いに駆られる。楽しい言葉っていうよりもいることがより楽しい世界、と言い換えた方がいいのかもしれない。

過去の思い込みでずいぶん片方の足に重心をかけて生きて来たけれど、「赤毛のアン」のアンだってものすごい想像力で幸せを手にした。

想像力なら私も多少なりともあるつもりなので、それを活かして未来を作り上げていく。今その途中にある感じ。
どんどんそうやって自由になっていくのかも。過去から。

相容れない人を。

2013-11-08 18.37.32

 

仏教おたくだったひとしきりの決して短くはない時間から少し解き放たれた時、そのコンテクストの流れの中では見えなかったものが見えることがある。

あなたを傷つける人を許しましょう。
あなたに理解のない人を理解しましょう。

相手が助けを求めて来たら、見返りを求めずできる限りのことをしましょう。

中庸っていうのは「完全なるグレーゾーン」と私は定義していて。道路の中央分離帯とも言いかえられる。誰かやある出来事が黒であろうが白であろうがそのジャッジをしないでいること。でもそこってゾーンなの。線じゃなくってね。だから黒にも白にも余地がある。黒っぽいグレー、白っぽいグレー。どれもグレーだもの。

私はこの『完全なるグレーゾーン』って言う考え方がとても気に入っているけれど、それは自分の中に自分基準の白黒がない、ということではなくて。

中庸にいて判断せず、ただひたすらに受け入れていくことで、世俗を離れずに疲弊しないでいるなんてことは難しい。それならその疲弊した自分を受け入れる先はどこなんだろう。もちろん、それにもちゃんと何かしらの説明が用意されているのは当然として。

こういった話が『うまくやってるね』と思うのは、『一連の流れ』でこういった話を聞かないということにある。『嫌いな上司とうまくやれません』「あの人の意地悪に耐えられません』『ボクの恋人はどうしてこんなに無理解なんでしょう』というのに対応するのが先に出てくるような『メッセージ』なのであって。

世の中って言うのは、そういう『あわない人』との人間関係で多くの部分が構成されているんだなぁってことを改めてこういうメッセージを読むことで感じる。

自分が大事にしたい人を大事にせず、または誰が大事なのかわからず、自分があわない人を受け入れられない自分を責めたり、相手が変わらないことに不満を覚えながら行きていくのが社会生活なら。

なんて淋しく辛いものなのかしらね。

だけどこんな『教え』なんて必要なく、大切な人を大切にして穏やかに暮らしている人だっているはずなんだけれど。そこに焦点が当たることなんてないのかもしれない。

自分がなりたいのは相容れない人間を受け入れられる能力をもった人なのか、大事な人に大事に思われて穏やかに幸せにいきる人なのか。

これぐらいは自分で選択できる気がするね。