持たないということ。

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(写真はお借りしました)
日本に帰国したばかりの時にテレビをつけたら、池波志乃さんご夫婦が終活の話をされていた。

ご病気を経て、周りの人やパートナーに自分たちの片付けを託すのはどうだろうと考えて、ご主人さまと相談しながら、書籍や写真、ご自身の作品やアトリエなどを処分されてたお話をされていた。

池波志乃さんはしっとりした雰囲気がとても素敵で、パートナーである旦那様に対する接し方やあり方も近しいなと思っていたこともあり、終活の意味がすっと心に入ってきた。

数年間、自分の小さなお城だった場所に帰る事もなく暮らしていてよくわかったのは、必要だと思っていたものって実はそうでもないのかもしれないということだった。

事実、帰国するまでの数年間、いつもスーツケースに入る量をいつも測りながら、いつでもどこかに移動できるように注意して暮らしていた。

若い頃から「ここではない何処か」を求め続けていたから、いつも自分が今いる場所から出て行く心算をいつもどこかでしている感じがある。実家で暮らしていた頃は、なんでもすぐ手放しすぎると母に叱られたものだ。

それでも、今回帰国して、自分の壁を覆い尽くすだけの書籍の山と入りきらず詰め込んだままの書籍や自分の手から離れたビジネスの片鱗が詰まった段ボールの箱たちが私の部屋を覆い尽くしていたことを思い知らされた。

私はこの数年、これらを全く触ることも目に触れることがなくても、問題なく生きてきたっていうことはどうなんだろう。と改めて思った。

若い頃の私は寂しがりだったので、残しておくことが好きだった。たくさんの写真を撮っては綺麗に整頓し、山ほど日記を書いた。その束を近しい人もいない私のために誰が整理するのだろう。

20代ぐらいのものまでは本当に捨てられなかったもの以外はすべて処分したけれど、まだ残っていた。大事な人からの愛しい手紙、写真たち。

自分にとっての思い出は愛しいものでも、第三者にとってはそれが近しい家族であってもそれは処分に困るだろう。それは志乃さんたちが一番気になさっていたことでもあった。

着るもの、思い出の品、何であったとしてもエネルギーがこもっているから、そのエネルギーを放置しておくと、または無闇矢鱈にものを集めるということは自分自身が使うべきエネルギーの総量が減っていくのではないのかしら、ということを最近はよく感じる。

オークションなどで買い物ばかりしている人は、自分が手にしていないものを手にすることにばかりエネルギーを費やしているから、他に使うべきエネルギーを知らず知らずすっかり消耗しているのかもしれない。触れることのできない未確定なものを手に入れるということは、本当にエネルギーを使うから、手にした途端に関心を失って、また他の商品を手に入れるべく、画面にかじりつくのだろう。

何かを強く所有したいという気持ちには際限がない、それが欲なのだと、とある文房具を愛でる人達のフェイスブックの会で思い知らされたのも良いきっかけだった。人が買ったら欲しい、あの人が持っているのが良さそうだ。欲はとどまることを知らない。

そうやって、ものを所有することのエネルギーもそれによって放散されるエネルギー(お金も含めて)にも気がつかず、モノや思い出に埋もれてしまうのかもしれない。テレビで見るようなゴミ屋敷と何が違うのだろう。愛でるものの違いでしかないのではなかろうか。いくら自分が大事にしていても、その価値がない人にとってはゴミも同然、なのだ。

ものを買う時のワクワクと楽しく幸せな感覚を使い続けても持ち続けられる商品というのは実はあまり多くないのかもしれない。だけれど、そういうこちらのだけを身の回りに置いておければ、人の関心や流行やディスプレイに惑わされて自分の他に使うエネルギーを使わなければ、誰かの手をわずらわせたり、モノたちが不本意な最後を迎えることもないのではないかしら。

思い出は心の中に。長く愛せるモノをできるだけミニマムに循環させながら暮らしたい。
私の遺品を整理する誰かにはあまり煩わせないようにと、今から考えていたりする。

もう、基本的に自分のものは最低限で、手放しのフェーズに入っていいのではないかしらと思っている。

モノは経験をサポートするための道具でしかない。それなのに経験の目的が道具を揃えることとなってしまうのは、ある意味豊かになりすぎた結果なのかもしれない。

年齢を重ねていくと、どんどんと経験に対する制限を感じるから人はモノに走るのかもしれない。

ご主人が亡くなって、自分が癌に侵されていると知った、ノルマさんは息子さんご夫婦とワンちゃんと一緒にキャンピングカーで旅に出た。彼女たちのFacebookページをずっとフォローしているのだけれど、彼女の笑顔や表情を見れば、経験することの素晴らしさが本当によくわかる。死ぬまでに見たい景色を体験しに。その体験が彼女をどんどん元気にし、今も彼女は経験を重ねている。
日本語の記事はこちら

今までの人生、好き勝手もしてきたけれど、恩返しをしないととか、働いていないと後ろめたいような気持ちがつよくて、いろいろな経験をしないようにして過ごしてきた気がするから、これからは見たいものを見て、経験するために残りの時間をすごそう、そう決めている。

次への準備

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ネットサーフィンでヌイさんという方のブログとか文章の書き方が目にとまって、これは書き慣れていない人にはいいなぁと思いながら読んでいて。当該のエントリーが見つからないので大雑把にブログは貼っておきます。ヌイの脳内

大学をお休みして、丁寧に考えたり文章にしているすがたは20代にするべきことをきちんとこなしていらっしゃるなぁと思いながら見ています。私も一生懸命考えて、物を書いて、やらないといけないって思うことに邁進していたなぁ。彼女はゆとり世代らしく、もう少しゆったりした感じなのが今時かな、とも思うんですが、ガツガツ必死じゃないのもいい。

大学という空間と時間の中で私が存分に味わったものをふと懐かしく思ったりするわけです。

その彼女が書いていた、文章の書き方の中に”その文章が届いて欲しい相手”ペルソナをできるだけ詳しく仮定すると文章が書きやすいし、伝わりやすいよという話があったのです。

むかし、ブログというものが日本の世の中に出てきた頃、私には書きたいことがたくさんあって、なんとなくそれに共感してくれる悩める女子たちが、ひっそりと私のエントリを読んでは”一人ではないのだ”と思ってくれていたのだと思う。仕事のブログを書いていた時は、かの国のことが知りたい人や言葉がうまくなりたい人が読んでくれていたし、私だってそういう人に届くようにあれこれと言葉を紡いでいた。

はたと私の今を考えた時に、伝えたい相手や結果的に伝わって欲しい相手というのが全くイメージとして湧いてこないから、私は何も書かないのではないかしらとそのエントリを読んでからひとしきり”私のブログにとってのペルソナ”を探していた時に気がついたこと。

丁寧に考えれば考えるほど、カードゲームをやっているように一枚一枚手持ちのカードが減っていき、最後の一枚をテーブルの上に投げ出して”全然いい手がこなかったよ”というような感じだ。

いや、カードゲームだと最後手元に残るカードが自分にとっての最後の一枚。その人たちに届くように書けばいい。もしかすると昔はそれが”わたし”だったのかもしれない。書くことで自分に語りかけ、そうだよね、そう感じてるんだよね、という作業をしていたのが結果的に、孤独女子の琴線に触れていたと言ったほうが正しい。

それができなくなったのは、もしかすると滅私ということを見つめ続けた結果というか、成果というか。”私であって私でない”状態では”私の感じたこと”にそう重きを置かないから、一生懸命書いて話してアウトプットしなくても、その意識は宇宙と一体化して、変幻自在な存在として浮遊しているから、必須だった作業が全くもって必要なくなったわけであり。

ということで、つらつらと考え続けていたことの理由が今頃になってようやく見えてきたので、それを残しておくべく、こうやってまた文章が書けているのは幸せだし、楽しいこと。改めて文章を書くという時間は私にとってプレシャスなのだなぁと思う。

自分を収めるために書く必要がなくなった私は、誰かというペルソナを見つけて書くことができるのだろうか、書きたいのだろうか。どうやってその対象を絞るのだろうか、とふんわりと考えている。

私は自分の独りよがりにも見える文体が好きだ。読解力のない人に”あなたのブログは何を書いているかわからない”と言われようとも、誰かに教えるような居丈高なのは好まない。ハナにつく文章が多い時代、私は今までもそういう文章が苦手だったし、美しいとは思えない。何より自分が誰かに諭すように書いて楽しいのかどうか。仕事のブログが義務みたいに面白みのない文章だったのも、自分が楽しんでいなかったからだと今はわかる。

特にこの数年、自分の中のもともと強くある内向的な私に随分と羽を伸ばさせて、”インディアン白人皆友達やね、あんたは”と母に言われたような社交的なわたしの存在とはあえて付き合おうとしなかった。ここまで羽を伸ばせたからこそ、ある意味自由になって解き放された気持ちすらしている。

新しい言葉を学び、新しい生活に順応していこうとしているこの時期に、積年の思索に何らかの出口が見えたことも何もかも、必然のタイミング。カミサマノイウトオリに感謝してただいまを見つめていればいいのだけれど、今までとは違う変化の萌芽を感じている。

カミサマカラノオシラセ

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以前、ブログで”SNSを使って望む未来を引きよせる。“というエントリーを書いたことがある。

今回お借りしてアップしてある写真のような、”すてきな風景で朝ごはん”の写真を見つけては、せっせと保存して目の保養に努めている。ボリューミーなイングリッシュブレックファーストの日も、コンチネンタルブレックファーストの日も、目の前にはため息が出るようなヨーロッパの街並みだったり、美しい自然が広がっている。私にとって美しい景色と朝食ってなんだか幸せな人生の象徴なのだ。五感をフルに喜ばせて、人生の一日をスタートするなんてなんて満ち足りているんだろう、と思うから。

私の写真フォルダには一体どれくらいの写真が保存されているのか。何年もその日を楽しみにしながら新しい写真を見つけて嬉々としてしまう。

カミサマノイウトオリ、バージョン2.0 という暮らし向きが一層自分にとって自然となっていき、宇宙と一体化して今目の前にあることにただ、ありがたいと感謝しながら滅私の気持ちでお支えしていくことに、何の迷いも心配もない毎日。

ただ、カミサマノイウトオリにズルはなし。  のような不安がなくなったとしても、”いつ”というのはわからない。郵便やEメールが届くわけでもなければ、事前にスタートした時に知らされているわけでもない。

明日にはわかる、今週末様子を見て、来週には必ず。

そういう言葉を何年も紡ぎながら、落胆と希望を繰り返し、その日が来るのを待っていたことがある人は少ないかもしれない。何年も。

だってそんなの待ちきれないから、普通。

事前に日程がわかっていたら、それまで好き勝手やって戻ってきたりもできるけれど、”ズルはない”のだ。毎日それを積み上げる。それがカミサマノイウトオリなのだから。

でも、その時がどう来るのだろう、と幾度想像したことかわからない。

想像することで現実が近づくかもと思っていた頃もあった。
今週はとても不思議なことが起こっている。想像とはどれとも違うのだけれど。
何年か越しのアイディアにつながる具体的な人との出会いや出来事がどんどん起こっている。
何度もやりかけてはやめたことも。
やめようかな、と思うと、障害が一つ消えて、またゴーサインがオンになる。

正直、この数年ついぞなかったことだ。

ふと思う。

カミサマカラノオシラセなのかしら?

 

(写真はお借りしました)

滅私と立場〜人の間に神様が〜

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ここ数年、意識的に人との関わりを最小限にしているのだけれど、元々の仕事柄、裏方の仕事や秘書的な仕事は一般的な人よりはずっと手慣れているし、苦にもならない。自分の成果にダメ出しをすることはあっても、ひけらかしたり、大きく見せるのも自分らしくない。仕事ではないが、仕事という体裁でやっていれば誰に迷惑をかけるわけでもなく、こなしていけるし、こなしていたと思う。性格的にもそういうのが自分に合っているのだと思う。自分の性質として、数少ない自分のやりやすい、満足のいくやり方なのだろうと思う。

滅私とは、自分を利することを目的とせずに動くということだ。だけれど、社会というのはいつだって、ネームタグを必要とする。「お前は誰で、どういう立場の人なのだ?」「お前がそれをやって何の得になるからやっているのだ?」「それはこちらの利益になるのか?」

今まで幾度となくそういう問いをされてきた。

そういう疑心暗鬼の中に身を置くと、自分の本意や真意を理解してもらうことが億劫になる。こうやって他者との関わりに苦手意識を持つことになるのだけれど。

東南アジアで仕事をしていると、チームだと思っていた相手にすら、こういう理由で梯子を外されることがあまりにも多いのも事実だ。どこにいても、そこに入りきれないから自分から遠慮したり、いづらくて場を離れるというのはもうずっと前からのことだ。それは自分で仕事をし始めるずっと前からで、今に始まったことでは全くない。

まぁ、それはもしかしたら私自身の心の弱さゆえのことなのかもしれないし、一人でも苦にならないからそうしてしまうのかもしれない。一人でいると自分の立場だとかありようは自分が決めた、自分が納得したものでいいのだけれど、そういう自分のまま”人間社会”という”お外”に出ると、またいつもと同じ問いが繰り返される。

”誰々ちゃんのお母さん”も”通訳さん”も立派な立場であって、その場にいて妥当な人、それを行うに能うる人というポジションで好むと好まざるとにかかわらず、なすべきことをするのである。

子供の頃は、この家の娘というポジションがあるにもかかわらず、この場にいるのが妥当だという気がしないで、いつも両親の家に住まわせてもらっているような気がしていた。東京で一人初めて暮らしだして、初めて自分の家だという気がして(こちらが本来なら仮の住まいなのだろうけれど)、何もない部屋で一人ホッと安心して嘆息したことを昨日のように覚えている。

人と人間の違いは、魂の有無だという一節をどこかで読み、それは人と人との間には神様がいるからだという解釈が続けてしてあった。なぜかその一節を読んだ時、ふと、そうか、神様といるのが私は楽なのだなぁ、と思った。神様といる分にはそんなポジションなど気にしなくていいから。

滅私でいるのに、ポジションがいるなんてくだらないと思うし、ポジションを考えると”私は?”という問いが常に出てくることになる。それは、私という存在に実態があるからなのだ。

小さい頃、自分が透明人間だったらさぞかし楽だろうと思っていたことをふわりと思い出しながら、透明人間になれないのであれば、神様といるか、人間社会にいる時はそれ相応のポジションがないといけないのだな、と冷静に思ったりする。それは山には登山靴を履いていくし、パーティーにはピンヒールを、スキーにはスキー靴をというのと差して変わらないのかもしれない。

それが周りに訝しがられることなく(笑)自分らしくやりたいことをやるには必要で、それが満たされない時には、神様といるのが私にとっては気楽なのだなと思う。

 

(写真はお借りしました)

 

Stop & Go

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神様の言うとおりの人生をという話を延々と考えて、このブログにも書いていた。
カミサマノイウトオリ
カミサマノイウトオリ、バージョン2.0

カミサマノイウトオリにズルはなし。

あの頃の私はまだ初心者の域を出ず、毎日に”カミサマノイウトオリ”が息づいているのか、慎重だったように思う。そういう時間を過ごしたからこそ、滅私ということにもとらわれず、与える、与えられるといったものを凌駕して、解き放たれるような瞬間の連続を自らの生である、と認められるようになった。

とはいえ、生活なのである。生活とはそういった崇高であるはずの魂や意識と繋がりながら下世話なのだ。人間というものが生き、社会を構成している限り、汚れ、穢れ、悪も皆あるのだから。

そういうのに疲れた自分ばかり見ていた時は、出家をすればいいんだと思っていた。でもそこも同じなのだと気がついてから、もうそんな桃源郷を探すような愚行もしなくなった。ただ自分と自分の大事な人の心身、魂を美しく守るために生活をしようというシンプルさに行き着いた。欲なく生きるということは単純なのだ。

トップに載せた神様は”ハリハラ”というヒンドゥー教の神様で、ウィキペディアによると
”ハリハラ(Harihara)は、インド神話のシヴァとヴィシュヌの合体神。別名アイヤッパン。右半身がシヴァで、左半身がヴィシュヌ。ハリがヴィシュヌを意味し、ハラがシヴァを意味する。つまり、創造と破壊を象徴しているのである。
神々とアスラたちが、乳海を攪拌した時に、アスラ達がアムリタを神々に飲まれる前に全て飲み干そうとした。その事に気づいたヴィシュヌは、アスラ達を惑わすためにモーヒニーという美女の姿になって彼等を魅了し、その間に神々にアムリタを飲み干させた。その後、シヴァに一目惚れされ、一夜を共にする事になる。そうしてハリハラが生まれたとされる。ちなみにモーヒニーは『バーガヴァタ・プラーナ』ではヴィシュヌのアヴァターラの一つに数えられている。” 出典

この間、この神様にすっと導かれるような出来事があった。その時にはわからなくて、お名前を調べて合点がいった。相反するものを統合してただあるということ。何かをなすべき時には何もしなくても流れができ、決定的に事前にダメ出しが来る。今の自分に許されていること、導かれている場所は唯一無二なのだと示すかのように、破壊の神であるシヴァが鉈を振るう。

”無欲が一番強い”というのは本当なのだろうか。無欲から創造されるものは一体なんだろう。私には未だその答えがわからないでいる。もしかすると自分はただ、”カミサマノイウトオリ”に誰かに使命を受け渡すためだけにこうやって今あるだけなのかもしれない。そこで終了だとしたら?それでもいいのか、と問うことがある。”いいんじゃないの、それはそれで”と心のどこかで思っていたりする。

でも。もしかすると、私の気が急いているだけで、または気がつかないで、”カミサマノイウトオリ”に自分の使命も用意されているのかもしれない。いずれにせよ、ただ自分が器として上等で美しく、自らのありうべきに背かない、そんな魂のまま歩んで行ける道をポツリポツリとたどっていくだけなのだろう。

 

 

シルクを身にまとうことでの変化。

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以前、知人に紹介された人がレメディなどの専門家だったのだけれど、体に触れるものはほとんどシルクにしていらっしゃるご様子もブログでよく紹介されていた。

美に対してかなり思い入れのある方でいらして、彼女の驚くべき徹底ぶりで保温、保湿、肌に触れる素材にものすごく気を使ってらっしゃっていたことをよく覚えている。

当時の彼女の足元にも及ばないのだけれど、シルクの凄さぐらいはお話できるぐらいになったかなぁと思う。写真は、とあるブティックの手織りシルク。ショップオーナーの女性に、あるシルク生地を持っていくと”あ、これは機械織りのタイ製ね”とすぐ言い当てられた。彼女のところはシルク製品がすくないのだけれど、それでも御用達のシルクの織物工房があるらしい。私が懇意にしている小さなブティックは皆自分の織物工房を持っている。これは実はすごく贅沢なのではないかしら。

この国だと、値段の分類は厚さ、手織かどうか、染料がヨーロッパかタイかで大体決まってくる。草木染めもあるけれど、日本人のNGOのものが中心。普通のブティックで見ることはない。
だいたいこの国だと生地とサンプルを持ち込みさえすれば5ドルで仕立ててくれる。

シルクの効果はサイトで見るとこんな感じ。
1 人間の肌と同じタンパク質で自然界で最も細い繊維。
2 吸湿性、保湿性、速乾性、保温性高い。これは本当に特筆。速乾性は綿の1,5倍だそうです。
3 18種類のアミノ酸で形成されているそうで、皮膚細胞を活発化させるので美肌効果や皮膚病が軽減することもあるそうです。
4 放湿性は高いけれど、保水量が高いので静電気が起きにくく、乾燥や肌荒れも起きにくいとのこと。静電気が起きにくいということはほこりなどを集めにくいのだそう。
5 紫外線を吸収してくれるので、お肌への浸透を少なくするそうです。シルクは吸収して蓄えた紫外線を徐々に発散して皮膚の消毒、減菌をして皮膚を丈夫にしてくれるそうです。そういえば、シルクのシャツを着てもらうようになって、身体の湿疹が消えた人がいました。
引用元:http://plaza.rakuten.co.jp/cloverB/013019/

手洗いでゴシゴシと洗ってあっという間に乾くのも、暑い国にいる時には本当に便利。さらりとして艶やかで、手織りのシルクで気持ち織りが厚い(3プライぐらいかな)なら透けないし、本当にいい。

昔は女性のストッキングとか皆シルクだったようで、きっとセクシーな肌触りで素敵だったのだろうなと思う。日本ではシルクが高級品扱いすぎて、大層なものになっているけれど、最低限の手を入れれば、長く心地よく、体にもよいものがいろいろあるのだなぁと思う。

バンコクの有名なお店のシルクの生地もワクワクしたけれど、ここのローカルで手に取るシルクの存在感がなんだか愛おしくて好き。

男の人がシルクを身につけるの。実はかなり良いのではないかと思う。シルクの下着を身につけるだけでも、先に述べたような効能があるし、お洗濯も簡単だし。タイだとお土産物屋さん的なところでも売っている。笑

以前、フェイスブックのビジネスグループに参加していたら、そこのメンバーの男性ほとんどがユニクロの下着で、あれは便利だと絶賛していた(早く乾くとか安いとか)。人と同じというのは安心感かもしれないけれど、自分の体に良いものだとか大切にものを扱うということとか、全てビジネススタイルや生き方にも投影されてくるのではないかしら、と思うのだけれど。(それにセクシーじゃないね、笑)

シルクを身につけだすと、体が正直になってくるというのが初めの印象。皮膚が自己主張始めるという感じ。これは好き、心地よい。これは嫌。その声を聞かずにその他の理由で身にまとっていたものに、明確にYes,Noを出されるというのが真相。そこから始まる変化の物語は新しい自分を知る楽しみといってもいいと思います。

まだまだ、シルクについて語りたい気分ですが、今回はこれくらいで。

言霊の力

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年末から年が変わる頃にかけて、言霊の力を大切な人たちから味あわせてもらった。

「言霊 ことだま」をウィキで検索すると、
声に出した言葉が、現実の事象に対して何らかの影響を与えると信じられ、良い言葉を発すると良い事が起こり、不吉な言葉を発すると凶事が起こるとされた。

とある。こういった価値観が古来から日本人的な有り様としてDNAに組み込まれていた事を示すような神話や神道の考え方は今もって数多く散見される。信仰や日本的なものへの愛着に関わらず、はやりの「思考は現実化する」事や「引き寄せの法則」なども日本人のこういった精神性にフィットする説明なのだろうと思う。

私も言葉にまつわる仕事を長くしている事もあり、そういった事例を自分だけでなく周りも含めて見てきた事から、「神が宿る言葉」という事について考察を深めてきた。

読経や大祓を奏上するときに降りてくる言葉のパワーは呪力に近いものであり、それは言語学者金田一京助が『言霊をめぐりて』という論文で言霊観を三段に分類し、「言うことそのままが即ち実現すると考えた言霊」「言い表された詞華の霊妙を讃した言霊」「祖先伝来の一語一語に宿ると考えられた言霊」とし、それぞれ「言語活動の神霊観」「言語表現の神霊観」「言語機構の神霊観」ということに相応しいと記している。(前述wiki参照)という分類に照らすと、「言い表された詞華の霊妙を讃した言霊」に当たるものなのだろうと思う。

般若心経であっても、パーリ語の経典であっても、また祝詞であっても、その根源にあるものは日常からかけ離れた「聖」なるものに人間が奏上するという行為を通して「自ら」触れる、味わうという体験であり、それを完全なものとするために日本の神道などでは誤読を厳しく戒めている。

今回私が体験したのは、「言うことそのままが即ち実現すると考えた言霊」というジャンルに入ると思う。

私は意識的にそういう言霊を大切なとき、大切な人に届けるようにしている。もちろんそれがエネルギーとして通じる相手とそうでない相手がいるのは波動だとか色々なものに原因があるのだろうと思う。

とはいえ、私はその言霊を送るとき、「言霊」が相手にきちんと届き、その言霊によって発せられるエネルギーが良い波動を相手の中で発し続ける事だけを願う。それが「言った事そのまますなわち実現する」という事なのだと思う。

大切な人たちによって私に届けられた言霊は、その場の空気が一変するような、今時の言葉?でいうと私にとっては「爆弾発言」だったし、その届けられた言葉のエネルギーの大きさにぐっと自分の足に力を込めて受け止めるようなものだった。

私は、自分に向けられた良いエネルギーをまっすぐ素直に受け止める事が苦手で、それは私の根本的な性質でもある。私が大切な人に届けるような「言霊」のエネルギーを今回は自分の大切な人から届けられ、それをわりときちんと受け止められたのではないか、と思う。

私は周りに何かを求める事は極力最小限でいられたらと思っている。それは大切な人であってもそうでなくてもそう。そうする事で全てが「有り難い」ことになるし、相手から自発的に与えられることに感謝できる自分がいるから。

そんな風に毎日を過ごしている私に、相手からの「言霊」という形での相手の中で蓄積された自分への思いを感じたとき、場の気が一変するのを感じた。

私を取り巻く気が一瞬にして、深遠な愛情を含んだ、明るい未来を包含した波動に変わったのだ。

それは私の中で、まったく新たな経験として「世界が変わる」ことを予見させ、今までの道のりが間違っていなかったことを神意として感じるような出来事だった。そうやって私の2015年が幕を閉じ、2016年が美しいスタートを切り始めたと感じている。

 

触れることでわかること、変わること。

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小さい頃から、仕事帰りの母のマッサージをよくしていた。楽になると言われると嬉しかったし、私たちのような世代はボディータッチを家族ですることがなかったから、母との少ないスキンシップだったと思う。

どちらかというと体が凝るタイプだからマッサージが上手なのだと思っていたけれど、もしかするとなんとなく悪いところがわかるのかもしれない。

人によって差はあるだろうけれど、自分のパーソナルスペースは歳をとるにつれて、かなり狭まっていくのではなかろうか。そのせいか、日本に住んでいるときも極力電車には乗らなかった、というより乗れなくなっていっていたと言ったほうが正しいのかもしれない。

誰かに近づく、そして触れるというのは、親密さと愛情の証だ。
美辞麗句で想いを伝えてもいくら愛情を込めて見つめても、その距離が近づいて触れ合った時、おそらく無意識に相手の想いが伝わって来る。
だから触れ合っていたかったり、だから触れたくなくなったりする。(だからお仕事のテクニックで意識的にそういうのを使う人たちもいる)

どんな行為であったとしても、体に触れてしまうと実はわかってしまうのではないかと気がついた。
もちろん、セクシャルなつながり、手をつなぐ、いろいろなレベルがあり、親しさや性別によって感じ方の度合いが違うことはたしかである。
だけれど、触れると嘘なく伝わって来るというのはあながち間違いではないのではないかと思う。

先日、100歳のセラピストに取材したこの記事を読んで「相手にエネルギーや情熱、時間を費やすことが限られてきている」ことで「ふれあい」が減っている。必要とされ、愛されると感じるためにはふれあいが必要なのに、という言葉にハッとする。

わかってしまうということは、相手にも伝わってしまうということでもある。伝えたいし、知らせてほしい。近くにいる人に対する自然な思いを出す意識的、無意識的な状況が減ることで、人は疑心暗鬼になっていくのだろうか。

毎日、パートナーの体の痛めたところや、コリをほぐすマッサージを続けながら、心身の回復や愛情をただただ願う三昧の境地はトランス的な境地へ私を運ぶこともあった。

パートナーが私の素人ながらの手技で癒されることで、安らいでいく過程、信頼を深めていく過程と同じ工程をやっている側の私にも同じように伝わってきたからこそ、欠かさず続けてこられたのかもしれないと思う。

ここに私の好きな「相即不離」という言葉が意味を持ってくる。
相手が安らぐこと、癒されることと自らが相手によってその状態になることがぴったりと引っ付いた状態で離れることがないのである。

もちろん、そういう状態ができなければ欠かさずできなかったろうし、触れたいと思わなくなったかもしれない。

最近、アメリカでは「ハグをすると風邪予防になる」という論文が出たそうだ。いろいろな社会的な不和状況とハグをする回数が風邪をひく回数と症状に影響するという結果が出た。

つまり、ハグする回数が多いほどストレスが軽減されて免疫力の低下が妨げられたり、幸福ホルモンと呼ばれるβエンドルフィンやセロトニンが出て、ストレスを解放し、安心感をもたらすのだという。リンクはこちら

健康に良い、というのは経験的に感じてはいるが、こういった研究があると自分の感覚と一致していて興味深い。

こうやってつらつらと書き述べてみたが、端的に言うと「好意を持つ人と触れ合うことで、心身に好循環がおこり、その結果心身が安定し、健康でいられて、関係性も良好になる」ということだろう。

その触れ合う相手が人生の目的を共にするパートナーであれば、ますます望む未来やモノを引き寄せるという効果もあるはずだ。触れ合うことで願いを叶える地場が発生するのだ。このスパイラルに入ってしまえば、こっちのモノだなぁと日々感じる。心身一如のその先へ。

 

目線をあげて見えたもの。

11667539_883839434987179_564654601219064732_n(写真はお借りしました)

このブログでは何度か姿勢の話を書きました。

姿勢・呼吸・意識付け
姿勢と呼吸、あごを引く

あごを引くことや姿勢によっての変化も含めて実践することによって心に及ぼす影響も少なくないということを身をもって知ることになりました。

丹田に力が入り、肩の力が抜けていくと「姿勢」は良くなるのですが何だかまだ自然な姿勢の美しさとして足りない何かがありました。

私はいままでどちらかと言うといつも伏し目がちでどちらかというと顔が下を向いた、うつむいていたような気がします。日常、仕事で無理にでも上を向いて人と対峙している反動だったのかもしれません。

俯く(うつむく)、は体の状態を示しますが、しょんぼりしていて「うなだれる(項垂れる)」はうなたれる→うなじが垂れる状態から転じて、悲しい時や落ち込んだ時に頭を垂れた状態をさすようになったそうです。語源由来辞典

いくら背筋を伸ばし、あごを引いていてもうなじが垂れてしまっていては元も子もないわけです。

過程、というのはこういうものだなと思います。丹田に力が入っていない時に「うなだれる」ということまでは気がいかなかったり、理解がおよばなかったりするのですから。

コンピューターやスマートフォンといった電子機器をよく使うせいもあって、俯き加減にいることが多いことも影響しています。私も仕事柄10年以上、パソコンとスマートフォンにかじりついて背中を丸めていました。

今はスマートフォンなどの新製品が出ても全く興味もわかなくなり、手元にあるMacBookAirやiPhoneさえ仕事以外では触らないことが多くなりました。つい少し前まで「ガジェットおたく女子」を標榜していたのが嘘のようです。

なので、ステキなカフェに座っていても、ステキな相手が前にいても背中を丸めてスマートフォンをいじっている人達を見ると、「少し前まで自分はこうだったのだな」とよくわかります。

視線を15度上にあげることで、より周りが見え、相手が見え、自分が見えるようになりました。
俯き加減にいた時とは気分も当然変わります。

姿勢や呼吸を整えるということは結果的に目線や気を内に籠らせないでいる最上の状態を常に形成することだという結論に到りました。
気を張ってきちんときれいにいるのではなく、自然で一番リラックスした状態が、結果美しいということでもあります。

内にこもることで曇っていた眼をさらに開いて、美しい有り様を磨いて次にいければと思っています。

生きるために死にいく

「武士道とは死ぬことと見つけたり」とは葉隠聞書の有名な一節だけれど、武士と言う職業として「生死」の境を常に感じ行った一言なのだろうと思う。

いろんな解釈があるけれど、私は「生きる」と言うことをより深く考え、「生き抜く」ための「死」を見つけたのだろうと思う。

こんな風に感じるのは、日本から遠く離れた常夏の国で侍映画ばかり見ているからかもしれない。笑
どうしても生きて戻りたいと言う姿勢は「死なないで戻る」と言う手段を考えるからだ。

そんな状況では、武道の稽古のようなきれいごとではなく、相手に泥をかけてひるませて叩き切ることも「生きて帰る」ためには必要なのだから。そんな「藁をもつかむ」想いで日々を生きると、くだらない間違ったものを掴むこともあるし、千載一遇の機会をつかむこともある。

いずれにせよ。私も「藁をもつかむ」想いで日々を生きて、笑ってしまう程しつこくその藁を手放さなかった人間だ。

私には生きて帰って待っている人もいなかったけれど、何かを全うしたいと言う想いが強かった、のかもしれないし、ただただ、人の何倍か我慢強かっただけなのかもしれないし、ただの阿呆なのかもしれない。

侍映画の重たい話ではなく、今回は「食べる」話と心身との関係について。

日本を離れる時間が長くなり出してから、薬品の入った食材に敏感になり、身体がノーと言い始め、人工調味料も受け付けなくて、外食も湿疹のかゆさ覚悟で行ける店を選んで行くようになってもう5年以上になる。

気をつけても気をつけても治まらないかゆみには本当に閉口し、醜い患部もストレスになった。

今いるこの国でもあまり改善は見られないでいたのだけれど、パートナーの食生活がどんどんと変化し、私が前の国にいた時と同じ、一日一食になってしまった。元々あまり飲まないお酒もますます減り、デザートやおやつがテーブルからなくなった。
「18時間断食」をすると、お腹がすいてから食事をするので、身体にも良く、体調が良くなるので精神的にも安定すると言うので一人ではずっと実践していたけれど、これに「糖質」を控えると言うのが加わった。

以前、周りの人がこの糖質制限でお肉ばかり食べていると聞いて、何だかバランスが悪いなぁと思っていた。
炭水化物や甘いものをぐっと減らすことで驚いたのは、「糖質はこんなに眠くなるのか」と言うことだった。食後すぐに眠くなった経験などない私が起きていられない程の睡魔に昼間から襲われるようになったのは糖質を減らすようになってから。

お肉を食べると身体が重いと言うのは思い込みだったのかと言う位、お肉も普通に食べられるようになった。
お腹がすいて、食べるのが楽しみになるから、その日一日の食事(ほぼ一食)をとても大事に楽しみにするようになったとも言える。

そんな生活に慣れてくると「食べると言うことは死に近づく」と言うことだと話し合うようになった。
それほどのエネルギーを「食べる」と言う作業は身体に課している、まさに体感する一方で、気をつけていると思いつつ、どれだけ無防備に無自覚に身体に入れていたのだろう。人間の身体は食べたものから成り立っている。

自覚的に食べて行くことで、自分の身体とより深くコミュニケートできるようになって行く自分がいた。

もちろん、炭水化物や糖質が悪いと言うのではない。相変わらず、チョコレートはついつい手が出るし、おいしいパンやお米もいただくけれど、今までのような量を身体に入れることは決してない。楽しんで、八分目程で止めるのだ。(単にその後、眠くて何も出来なくなるからかもしれないけれど。笑)

食べないで70年程生きていらっしゃるヨガの行者さんもいらっしゃるし、日本では食べないで数ヶ月過ごした俳優さんも話題になっていたけれど、私は死に近づこうが、生きるために、楽しみ、味わうために食べると言う行為を続けたいなと思う。

パートナー曰く、「食べたいものを食べる、身体の欲しているのだから最善。」
その通りだと思う。

食べるものに迷いがなくなって、改めて出来るようになったのは「長めの咀嚼」である。
食べるテンポと言うのは一緒に食べる人がいると意外と重要で、ようやく長めの咀嚼が上手くできるようになって来た。

感謝しながらかむ。飲み込む。
今まできちんとやっていなかったことを後悔する程、身体の中から澱が出て行く契機になった。

半年以上続いた湿疹も口に入れるものと入れ方を整えて、ようやく完治。

よく生きると言うことはよく死ぬこと。
そのための心身の整え方にもきちんとしたベースが出来た気がする。