考えるな、感じろ、身体が教えてくれるから。

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この国の朝日。
夕日も好きだけれど、今から1日がはじまる清々しさは何物にも代え難いなと思います。

私は研究者のなりそこないなので、あれやこれやといろいろな流れを見て事象を分析して考察するのが好きです。そこからひとつの自分にとっての「法則」みたいなものを見つけるのが楽しいのだろうと思います。

残念なことに、この国の分析は正しいのだけれど自分のポジションとこの国の行く末の関係については大はずれでした。「この国のために何か」という思いが客観性を失わせていたのだろうと今ならわかります。そして「この国にとって、私の思うあるべき姿」がこれまた全く違っていた。私がこの国で聞き、思っていたほど、高潔ではなかったということになります。笑

何十年もかけていた分析はそう間違っていないのに、自分にまつわる部分だけがドラスティックに違うというこの客観性の欠如はよく注意しなくてはならないポイントだろうと思います。

「恩返ししなくては」というのは「この国が好きでたまらない」という溢れる何かとは違うものです。もっと脳みそよりです。心からの叫びではないのです。

私は大学で教えていたりしている頃から、「この国が好き」とおっしゃる人たちとの距離感を感じていました。「仕事できている人、その家族」な人とも相通じるものが多かったとは言えません。

好きで好きで、楽しくてたまらない、と言えることがあったろうか、と思います。
正直、なかった様に思います。はじめてバンコクの郊外にあるお家にお世話になったときから、「好きにならなくては」と思っていたと思います。

この国に来たということが、自分の定めの様に思い込んでいたところもなくはなかった気もします。
だからいつだって、この国を見るときには冷静だったのがよいのだろうと思います。仕事柄いろいろなものが見れたことも。この国の工芸品に力を入れたのも、これなら世界に出せるかもしれないと思ったことがきっかけでした。それから気に入る作品を見つけるまでにまた数年の時間を要しましたが。

こういう風に描写していると、自分がいかに自分の「クライテリア」を無視して、無理を押し通していたのだろうと今では滑稽にすら感じます。

とにかく、私はずっと取り付かれる様に「アタマ」で決めてかかって執着していたのだろうなというのが今だとよくわかります。この国から戻ってから、日本に上手く馴染めずにいた私にとって「手持ちの札」を増やすということをせずに、その札に固執していたことも。

あともうひとつ、「仲間」のところに帰りたかったのかもしれません。そんな仲間なんて幻想だと知ったときにはもう後戻りなんて出来なくて、新しい仲間がここなら出来るかも。そういう気持ちであれこれとやっていた気がします。

「それだ」とか「違う」ということを判断するとき、いつもアタマでばかり答えを見つけていました。その答えはいつも正誤に関わらず、答え合わせをするまで「確信」よりも「不安」を引き起こすことが多いのです。だから無理をしたり、極度に引いてしまったりします。そういうことをいつもやってきました。

最近、子供の頃のある思い出を幾度となく思い出します。
小学生にあがるときにランドセルをかいますね。女の子は赤いランドセル。でも私はピンクでした。両親や祖父母が「これがいいならこれにしなさい」と迫る訳です。私は赤いのが欲しくて仕方なかったのに、ピンクを買わないとがっかりさせるのではないかと思ってピンクにしたのを覚えています。みんなと同じではない、ピンクのランドセルが本当に大嫌いでした。笑

小学生のときに、急に中学受験をするという話が持ち上がって塾にも行かせてもらいました。願書を出す直前に、成績がおそらく足りなかったからだと思いますが、「本当に受けるのか」ということを言われて、両親は受けてほしくないのではないかと思って、結局受験をしませんでした。このときは何を選択したら両親に迷惑がかからないだろうとおもいました。結局受けないことも、試験に受からないことも、どちらもあまり褒められたことでないならば、と受験をやめてしまいました。

幼い頃から、不安を感じない日々などなかったのは、そうやって来たからなのだろうとも今ならわかります。普通は両親の言う通りにして安心するのでしょうが、それでも安心できないどころかむしろ不安だったなんて。一筋縄ではいかないものです。

最近、何かを決定するときに腰の後ろあたり、おそらく丹田の裏あたりなのでしょうか「そうだ」とか「違う」というメッセージがはいってきます。「有無を言わせない」という表現がぴったりな強さで、お腹の底に響いてくるのです。大切な人になるであろう方と初めてあったときには、肩甲骨の真ん中あたり(ハートのチャクラ)が痛いほどバタバタとはためきます。

そのメッセージに抗わないことが不安を感じないでいいこと。幼い頃の私はもしかすると、それを知っていたのかもしれない。でも無視し続けていたから、ずっと不安だったのかもしれません。

先日、私は宇宙であるという気付きについての考察をしましたが、まさに自分の身体が宇宙のアンテナとなってあらゆることを知らせてくれる様になるとその正誤、真偽を迷うことがなくなっていきます。
自分の身体に正直に生きる、というのはすなわち宇宙の摂理に正しく生きるということなのだろうと改めて得心するのです。そういう気付きを経て、毎日を過ごすと私を40年以上縛り付けていた不安や恐れが日々少しずつであってもさらさらとほどけて風に舞っていくのを感じます。私の心身が少しずつ自由になっている証の様に。

自分を殻の中に押し込め、さらにぐるぐると縛っていきていた人生から、どんどんと解放されていく、それは決して一朝一夕の短い月日で完成するものではありませんが、次への準備が確実に整いつつあるのを感じます。

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