カプリ島へ想いをはせて

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“Wyspa Capri”. Licensed under Creative Commons Attribution-Share Alike 3.0 via ウィキメディア・コモンズ –

カプリ島は南イタリアのティレニア海に面した面積が10㎢しかない小さな島。
ローマ人の歴史を読んでいると、インペラトールに最初になったのはカエサル、その後継者のアウグストゥスが気に入って購入したのだけれど住むことはなく、後の皇帝ティベリウスがここで治世の半分を過ごす。ローマに住まずしてローマ帝国を統治したのだ。

ティベリウスはもともと優れた軍人だった。一時はアウグストゥスにもかなり大切にされるが、血筋をおもんぱかるアウグストゥスは彼を重要ポストにはしない。だけどその一方でティベリウスを愛する妻と無理矢理離婚させて自分の親戚と結婚させるという政略結婚の道具にもする。

政治的にこれ以上無理だと判断した時、彼は早期の引退を決意してローマからはなれる。しかし、アウグストゥスの狙っていた親族の後継者達が見事なまでに亡くなったり、自身で身を滅ぼしていく。その結果、アウグストゥスは選択の余地なく再度ティベリウスを登用する。

アウグストゥスに選択の余地がないということはティベリウスにとってもない。
やらないと仕方がなくて皇帝になった人がティベリウスなのだ。

彼はカエサル達のような人間的な魅力のある皇帝というよりむしろ、システムを構築して人材を上手くそこに当て込むのが上手な真面目でよく考え、周りの人間や部下の能力や気持ちがよくわかったのだろうと思う。だから、島からローマ帝国を管理することができたのだろう。そう、彼はおさめていたんじゃなくて、管理していたのだと思う。

与えられた役柄をただただ全うする。そこにつきていたのだろうと思う。
だからこそ、先代の皇帝達がされたような神格化や自分の人気取りのような事業や施策は全く行わず、むしろ全否定して淡々とローマ帝国を維持するための行政を行ったのがティベリウスだといってもよいと思う。

どうしてローマでしなかったのか。歴史家のタキトゥスや当時のローマ市民はその彼の態度を非難し続けたけれど、私には自分なりに痛い程よくわかる。

戦場という命をかける場で、人の性質や人心を把握して目標を遂げることと政治は全く違う。彼は人間に傷つき、疲れきったのだろうと思う。アウグストゥスをはじめとする周りの自己中心的な横暴さ加減や、相手の気持ちよりも自分の欲を優先させたりだましあうことを。

ティベリウス自身がその欺瞞的なやり取りの中で踊らされたとしても、自分も誰かに対してやってやろうとは思えない人だったのだろう。自分はやらないし、そういう人やことがらに心を煩わされたくない。だけれど、皇帝という職務は果たさないといけない。男らしい強い人だったのだと思う。

無理矢理愛する妻と別れさせられ、政略結婚の相手と離婚した後の彼は独身を貫いている。全く女性を近づけなかったと言うし、昔の妻を偶然最後に目にした後、二度とあわなかったと言う。

彼のように高潔で責任感もあるが、繊細で応用が利かない人の最終的な選択肢だったように思う。行政的手腕を円滑に発揮することだけに集中する。それ以外のことに心を煩わされたくない。
もう自分の心を壊されるような出来事を遠ざけたかったのだろう。誰に何を言われても。
そうすることでしか、皇帝の役割を無事に果たし遂せないと思ったのかもしれない。

カプリ島の静かな場所で、彼はきちんと自分の役割を果たし、自分の心を守った。皇帝らしくないし、魅力的とは言わないけれどその想いが手にとるようにわかる。

ティベリウスがもう一度その愛した妻か誰かと恋に落ちたなら。
疑心暗鬼から新たな愛を構築することがどれほど難しいかは多少知っているので、そんなことするくらいなら一人の方がいい、と思うのが自然だとも感じる。

柔らかな心が傷つき、ようやく守り抜いたものをまた人にさらすのだから。
今一瞬を生きる、過去の疑心暗鬼も苦しく辛い想いもすべて捨て去ることを愛は要求する。

ティベリウスのいけなかった境地、それはその辛い過去の気持ちや疑心暗鬼すら捨て去るという境地だ。

私は自分にとってのカプリ島に行くことをやめたのだから、彼のたどり着いた境地の先にあるものを目指して歩いている。いつかカプリ島を旧友に会うような気持ちでたずねられたらと思いながら。

 

追記:国際政治学者の高坂正堯先生がローマ皇帝の中でティベリウスに他の誰よりも共感を抱くとおっしゃっていたと言うことで著者の塩野七生さんはこの章を高坂先生に捧げている。

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