修行の終わり、精進の始まり

2012-04-11 20.26.31

はじめてこの国に来て、仏教を学んで。
「出家したい」ずっとそう思っていた。

この国には正式に女性が出家するシステムはなく、日本にも来ているとある宗派というか団体が力をつけている頃で。
知人が通っていたので連れて行ってもらったことがあったが、そこでは女性も出家のまねごとをしていたがそれには全くピンと来なかった。

仏道を学んで悟りのための瞑想して暮らしたい、と10代の私は本気で思っていた。
毎日の暮らしの中でふと、「出家したらいろんな世俗の人が悩みを相談しにくるだろう、そのときにこの年で出家したら彼らの痛みや苦しみがどんなものかわからない。親身になって話を聞くには経験不足過ぎる。社会を学ばないと」

17歳の時だった。その時から「いつかは出家」というのが私の目標になった。

それからの人生は何も知らなかった私にたくさんの経験値を与えてくれた。

時が過ぎ、経験を積めば積むほど、「修行」という終わりのない行為がぬかるみに足を取られたように果てしなく岸にたどり着けないもののように感じていた。自分の小ささや弱さやいろんなものをより一層知るからであり、歩を進めたつもりでも景色は変わらない。そんな気がしていた。

私が師と仰いだ人たちは、私のことを勝手に「免許皆伝」としてしまうことも不満だった。
出来の悪い私を適当にあしらっているんだと思っていた。

教えられた通りのことを毎日欠かさずやっていると、だんだん教えてもらうことがなくなっていくのだから仕方がない、とも思った。

あるとき、読経をしてたら、教えることがなくなった師が発音に難癖つけるようになった。
発音が正しくないと、届かない。もうそれって?みたいな感じだった。

そのうち、ずっと見ないようにしていた矛盾点やおかしいと思っている部分がどうしても見過ごせなくなってきて、修行する意味や目的よりも大きくなってきてしまった。

そんな時、「もう十分修行してきたよ」といってもらえたことが転機になった。

とはいえ最初は「イヤイヤそんな、まだまだです」って言ってた。

でも自分が乗っかってきた枠組みからはみ出して、自分ももう「違う」って思ってしまったら「ありうべき修行姿」みたいなものも、「いつかは出家」みたいなものも全く色あせてしまった。

本当は、とっくに色あせてたのに自分がわざわざ色付きの眼鏡でみていただけなんだと思うのだけれど。

私が修行をしようと思ったのは、自分を高めたかったからだし、出家するのは本質を極めるためで、そのためには社会で起こることと人の気持ちがわからないといけなかった。

そこには私がどうしても入りたかった枠なんて実は必要じゃなかった、という訳。

修行という言葉は、行いをおさめると書くように、その行いによって「悟り」というサーティフィケーションをおさめるということだろうと思う。要するに「悟り」がゴール。

でも、そこじゃないの、目指しているのは、と思う。

悟りなんて一瞬の気付きなのであって、それが日常になったらまた新たに何かを悟る。それが常態となったとき、覚者となった仏陀となるんだという理解をしている。私はべつに常態でなくても、連続していればそれでいいか、と思う。

そうこう考えていると、精進するという言葉が浮かぶ。
とぎすまして進む、ということ。だから、雑念を払い、専心して一生懸命に行うことで、ここにはゴールがない。

精進するということは、いつも書いている「カミサマノイウトオリ」に自分が生きることであり、その状態を表すのに一番適しているような気がする。

精進には修行のような苦しさも辛さもありうべき姿もない。
ただ、自分自身をカミサマがいつでも動かしたいように動かせるように、万全の注意を払って準備をしていればいい。
それを望む私にはこんなに楽しいことはない。

辛く苦しかった修行ライフはもう終わり。これからは楽しい精進ライフが始まる。

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