力を抜くということ。

muangkaan

自分を思い通りに動かす、と言うことについて前回はここ最近の気付きを書きながら、切っても切れない要素があるのを思い出したのであわせて書いておこうと思います。

武道を始める前からよく【力を抜きなさい】と言われることがあって。
マッサージに行ったりすると、「どうしてこんなに張ってるの?力はいり過ぎじゃない」とか言われることもよくある。

もともと緊張しやすい性格だからどうしても無意識に身体に力が入ってしまうのだ。

仕事柄、人の出す声を良く聞いているけれど、声だって同じで口の動きを意識すると知らないうちに喉に力が入っていたりする。これだって昨日のテーマである「自分を思い通りに動かす」という作業の一貫ととらえればまた違うアプローチがあるはず。

力が勝手に入るのも自分を思い通りに動かせないことも原因は同じで方向性だけが逆なのだろうと思う。入れようと思っていないところに力が入り、動かそうと思っているところが動かない。

自分の身体すら、ままならないという前提に立てば物事はもっとおおらかにやさしく見ていられるのかもしれない、とも思う。

とはいえ。
できないままでいるなんて許せない(笑)から、当然試行錯誤を繰り返している途中。
「軸をしっかり」というのは「力を抜く」ということと対でアドバイスされる。全部の力を抜いてはただ崩れ落ちてしまうので、軸をしっかり立ててほかの力は抜くということ。

まっすぐ立っていようが座っていようが、打ち合わせしていようが、武道の型をしていようが。軸だけはしっかりと。

身体を動かしているときの力の抜き具合は何とも言えないけれど(まだかなり練習する必要があるかも)、それ以外で力が抜けてきたように思う。

そうすると自然と肚が据わるし、肩こりも改善されている気もしなくもない。何より穏やかになり、思考も広がりやすくなった。こういうことの積み重ねで身体と心や魂が密接に関係していると改めて実感していくことで心身のバランスを取りやすくなる。

自分のあるがままの姿で修行を重ねて、勝負するときにはその一点に力を集中させるためにはいつも力を抜いて身体をしなやかに敏感にしておくことが大切なんだということを身体を動かしていくことで教えられている。

縮んだ筋をのばして、あるべき姿(痛みを感じずにのばせるということ)が力を抜ける状態になる、ということだし、ニュートラルに我が身を置くことだからこそ、心もニュートラルになるんじゃないかなぁと思いながら前屈をしていたりします。

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